28.格式、ですか。

 入試が始まる。

 試験監督は不正がないよう、教師と生徒数名が会場で目を光らせていた。


 座学の問題は正直なところ、簡単だった。

 アレクシス家ではクレイグが直接、指導するときはもっと難解な問題を口頭試問されるし、そうでないときは王族教育の教師が魔導院の入試対策を見てくれていたから。

 そうそう王族教育について何も語っていなかった。

 この2年の間、僕はハーマンダという老婆に王族としての礼儀作法や精霊と【八属性魔法】について学んできた。

 ハーマンダ自身はもともと王族の侍女で長い間、王族の面倒を見てきた歴戦の古強者だ。

 なにせ国王陛下のおしめを変えていたというのだから、祖父も頭が上がらない。

 それはさておき、ハーマンダは魔導院の卒業生であり、【生活魔法】の達人でもあった。

 王族の勉強を見ることもあったというから、ハーマンダはもの凄く優秀な人なのだ。


 そんなわけで入試の座学は余裕だった。

 時間がかなり余ったけど、論述問題の見直しをしていたらあっという間に試験終了の合図が鳴った。


 答案用紙が回収されて、ふう、と思わず息をつく。

 隣のトバイフ・イドゥンが「試験、どうだった?」と声をかけられた。


「試験問題は簡単だったと思います。トバイフ様はいかがでしたか?」


「うーん、あれを簡単だったと言い切るとはさすがクレイグ教授の内弟子だね。僕にはちょうどいい難易度だったと思う。理解の浅い人や間違って覚えている人は答えられないし、そうでなければちゃんと回答できる。入試に相応しい格式があったと思う」


「格式、ですか……」


「うん。人をふるい落とすだけでなく、魔術の基礎をしっかり身につけているかどうか、そこを中心に問題として出してきていたよね。魔導院でこれから学ぶ上で必要な知識を身に着けているかどうか、問うてきていた。きっと入試問題の作成者は魔導院を愛している人だよ」


「な、なるほど。僕にはない視点です」


「あはは。僕も柄にもなく語っちゃったね。さあ昼食を摂ったら実技試験だ。そうだマシュー、一緒に昼食を――」


 トバイフが言い切る前に「マシューくん、昼食をご一緒しませんか?」とジュリィ・ヘルモードがいつの間にかやって来て言った。

 そしてウルザも遅れて「ちょっと待ちなさい。マシュー、私と一緒に昼食を一緒に摂るのよ」とジュリィに対抗意識を燃やしつつ、僕を誘いに来てくれた。

 トバイフはふたりの登場に目を丸くしている。


「あれ、ジュリィとウルザ。久しぶりだね。ふたりともマシューと知り合いなの?」


「私は今日が初対面ですわ」とジュリィ。


「私は2年ほど前から知り合いね」とウルザ。


 僕は3人の侯爵家の人間に囲まれて肩身が狭かった。

 だというのにエドワルド・ヘイムダルまでもが現れて「おいトバイフ、昼食を一緒に――」とやって来たものだから、僕の周辺に4人も揃ってしまったじゃないか。


「ん? なんだこの状況は。マシュー、また貴様か」


 エドワルドはトバイフの隣に座る僕を睨みつける。

 トバイフは笑顔で「こんなに珍しいこともあるものだねえ」とのんびり言った。


「四侯爵家の同級生が揃っているなんて面白いね、マシュー。よければこの5人で昼食をご一緒しないかい?」


「トバイフ、なぜ俺が平民風情と昼食を一緒に摂らねばならない」


「でも僕、つい今しがたマシューを誘おうとしていたんだ。ジュリィとウルザもマシューを誘っているし、エドワルドが僕を誘ってくれたし、それならもう全員で昼食を一緒に摂るべきだと思わないかい?」


「思わない……が、トバイフまでもマシューを誘ったのか?」


「うん。入学したら友人になる約束もしたよ」


「理解が追いつかん。何がこいつらを惹きつけるのか」


 エドワルドが名状しがたい表情で頭を振って言った。

 ウルザがジュリィを睨みつけ、ジュリィは僕に向けて微笑んでいる。

 トバイフはニコニコしながら「ね? もう一緒に昼食を摂るしかないよ」と主張を続けた。




 結果としてトバイフの主張が通った。

 僕たちは試験会場を出てお供を引き連れて、5人で学食に向かう。

 本日の昼食は魔導院の誇る学食が通常営業しているため、そこで昼食を摂ることができるのだ。

 広々とした学食はふたつのカウンターがあり、ひとつは安い定食を提供するカウンター、もうひとつは個別のメニューを注文するカウンターがある。

 貴族はもっぱら好きなものを好きなだけ注文できる後者のカウンターを利用する。

 下級貴族や平民は安い定食を提供するカウンターを利用するという棲み分けがなされているそうだ。

 僕は定食に興味があったのだけど、このメンツでひとりだけ定食のカウンターへ行く勇気はない。

 みんなに合わせて個別の注文をするカウンターに並んだ。


 まずメニューを確認する。

 貴族向けとされているのがよく分かるメニュー表が載った看板が立っていたが、どれも一品だけだと物足りない。

 主食としては『本日のパン』『カレーライス』のどちらかを選ぶ必要がありそうだ。

 おかずは自由に選択できるようだが、こちらも名前だけだとパッとしない。


「魔導院の学食はなかなかのものだと聞いていたけど、期待できそうだね」


 メニューではなく厨房を眺めていたトバイフが嬉しそうに言った。

 エドワルドは「学食だぞ、どうせたかが知れている」と言い切った。

 ウルザとジュリィは特に何も言わない。


 さてもちろん学食のカウンターに並ぶのも身分が物を言う。

 四侯爵家が揃っているこの5人が最も受験生で身分が高いため、メニューを選んだらカウンターに直行だ。


 ウルザとジュリィは少食なのか、パンとシチューのみを選んだ。

 エドワルドはカレーライスにハンバーグ、サラダを頼む。

 トバイフはパンとシチューとサラダと魚のムニエルを頼んでいる。

 僕はというと、カレーライスとサラダを頼んだ。


 料理は出来次第、各々の侍従が持ってきてくれるため、僕たち5人は先にテーブルに向かう。

 学食で会食のマナーが必要になるとは思ってもみなかった。

 会話は弾んだと言えば弾んだ。

 主にトバイフとジュリィが明るい話題を提供してくれており、ウルザはそれに渋々といった感じで乗り、エドワルドはたまに相槌を打つくらいで食事は進んでいく。

 僕はダントツで身分が低いので、話題に乗るしかない。

 座学のあの問題はどうだった、実技はどんな試験内容だろう、と最初こそ入試に関する話題が自然と多くなるものの、次第にトバイフとジュリィが僕のことについて質問を投げかけてくるので話題の中心が僕になっていった。


 なかなか気の休まらない昼食休憩となりましたよ。

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