29.最後です。
さて気疲れした昼食を終えて、僕たちは実技の試験会場に来ていた。
やはり座学同様に爵位に応じて場所が分けられていて、僕たちはみっつに区切られた魔術の訓練場の一角にいた。
侍従や護衛たちは試験会場に立ち入ることは基本的にできない。
そのため少し遠巻きに試験を見学している観客のような形で、試験会場にいる自分の主を注視していた。
しばし待っていると、試験官たちがやって来た。
教師と思しき壮年の男性とその補佐と思われる生徒数名が試験官のようだ。
「それでは今より実技試験を行います。名前を呼ばれた受験生から、所持している魔法スキルをひとつずつ宣言し、その魔術を実際に行使してもらいます。……それでは最初の受験生は、ウルザ・イーヴァルディ様」
「はい」
肩で風を切るようにして試験の場に向かうウルザ。
呼ばれる順番は恐らくは身分が高い順番だろう。
ウルザは気負う様子もなく、試験官の横に立つ。
「ではウルザ・イーヴァルディ様。魔法スキルの宣言をして、実際に行使することを繰り返してください」
「はい。まず【地魔法】。――〈アースハンマー〉」
ズズズ、とウルザのかざした右手に石で出来た槌が形成される。
そして放たれた。
立っている先にある的に命中させる。
バキャリ、と派手な音を立てて見事に的を破壊した。
「次に【水魔法】。――〈ウォータースピア〉」
今度は水で出来た槍だ。
またも新たに用意された的に命中させ、貫いた。
「次、【風魔法】。――〈ウィンドカッター〉」
次は不可視の風の刃だ。
新しく用意された的は、真っ二つにされた。
「次。【炎魔法】行きます。――〈フレイムランス〉」
ゴウ、と巨大な炎の突撃槍が形成される。
そして的を目掛けて一気に射出された。
ドォン!! と派手に的に着弾して吹き飛ばした。
「次は【氷魔法】。――〈アイスセイバー〉」
細く長い氷の剣が現れる。
音もなく空中を滑り、的を貫き破砕した。
「最後です。【雷魔法】。――〈サンダーボルト〉」
ジジジ、と雷の矢が現れる。
それは閃光となって的を吹き飛ばした。
「――以上です」
「よろしい。ではウルザ・イーヴァルディ様の実技試験は終了となります。お帰りになっても結構ですし、このまま実技試験の見学を続けても構いません」
「はい」
ウルザは長い髪をなびかせながら、僕たちのところへ戻ってきた。
「六属性かあ。上位属性こそないものの、今回の実技試験ではトップかもしれないね。特に【炎魔法】は見事だったよ」
トバイフが感心したように言った。
エドワルドは舌打ちして、ジュリィは微笑みでウルザを迎えた。
「私の得意属性は炎だから。……最後まで見学していくからね?」
僕を見てウルザは言った。
そう伯爵家の後援を受けている平民ということで、恐らく僕の実技試験の順番は最後の最後だろう。
その後はトバイフ、エドワルド、ジュリィの順番で呼ばれた。
トバイフは【水魔法】【風魔法】【氷魔法】【光魔法】【闇魔法】を披露する。
【光魔法】は攻撃魔術ではなく明かりを灯す〈ライト〉を、【闇魔法】は対象の視界を暗闇で遮る〈ブラインドネス〉を行使した。
エドワルドは【地魔法】【風魔法】【炎魔法】【雷魔法】【闇魔法】を披露する。
初っ端の【地魔法】は得意属性なのか〈ストーンピラー〉という大きな石柱を的に叩きつけて見せた。
ジュリィは【水魔法】【炎魔法】【氷魔法】【雷魔法】【光魔法】を見せた。
侯爵家の4人の中では六属性を見せたウルザが頭ひとつ抜けている。
他の3人は五属性、特に際立った魔法を見せたのはエドワルドの〈ストーンピラー〉くらいだろうか。
さて侯爵家の面々が実技を終えると、次は伯爵家の受験生たちだ。
ほとんどが三属性、多くても四属性である。
やはり王族が降嫁してくる侯爵家とは属性数に差があるらしい。
最も身分が高いこの試験場は人数が少ないせいもあって、割と待たずに僕の順番が回ってきた。
そして内心で、凄く迷っていた。
……まさか受験生のレベルがこんなに低いなんて。
僕が実技試験で披露しようとしていた魔術は、軒並みその人が得意としている属性の魔術と同等かそれ以上。
属性数と相まって目立つことは避けられない。
クレイグやハーマンダが受験生のレベルを知らないとは思えないから、これは僕に敢えて目立て、と告げているのだろう。
後に王族となったときの箔付けにでもするつもりだろうか。
「最後の受験生。アレクシス伯爵家のマシュー様」
「はい」
僕はトボトボと歩いて試験官の横に立った。
「では、最初に【地魔法】。――〈ブランチスピア〉」
的のある地面から植物の枝が鋭い槍となって直上の的を破壊した。
ザワ、と背後の見学者たちの驚きが伝わってくる。
ああもう、さっさと終わらせよう。
「次に【水魔法】。――〈ウォータースライサー〉」
水でできた薄い刃が的を両断する。
水属性の単体向けの攻撃魔術では高難易度を誇るものだ。
ともあれ下位属性の攻撃魔術に過ぎないから、中位属性ほどの派手さはない。
「次、【風魔法】。――〈ウィンドブロウ〉」
風の鉄槌が的を叩き潰した。
この魔術は練度が低いと強風を浴びせるだけになるため、破壊力を出すのはコツがいる。
「次、【氷魔法】。――〈アイスセイバー〉」
本来の〈アイスセイバー〉は分厚い氷の大剣を叩きつけて斬る大技だ。
的がひとつしかないから分かり辛いが、薙ぎ払う軌道を取るため複数を巻き込むことができるのが特徴である。
「次、【雷魔法】。――〈サンダーストーム〉」
五属性目が唱えられたことで、見学者たちの驚きはさらに増した。
これはれっきとした範囲攻撃魔術だ。
雷属性は制御が難しい。
この魔術が的を中心に渦巻く雷の嵐となるかどうかが評価の分かれ目だろう。
「次、【光魔法】。――〈ライト〉」
六属性目にもなると見学者たちも絶句するようだ。
放った魔術はただの〈ライト〉だが、光属性には治癒魔術が存在する。
実技試験で怪我人を用意するわけにもいかないため見せることはできないが、当然、僕も修めている。
「最後です。【闇魔法】、――〈ブラインドネス〉」
七属性目にして最後となる魔術は〈ブラインドネス〉。
闇属性の魔術は精神に干渉する魔術が多くあり、無機物の的に放っても何も起こらないことからやはりただ〈ブラインドネス〉を唱えるだけになる。
シン、と静まり返る試験場。
試験官が口をポカンと開けているから、終わりでいいのか分からない。
「あの、終わりましたが」
「あ。――ゴホン。ではマシュー様の実技試験は終了となります。この試験場での実技試験は以上になります。本日の入試もこれで終わりになりますので、お帰りいただいて結構です」
「はい」
僕は踵を返して皆の元へ戻ろうとしたが、一様に異常なものを見る目をしているので、思わず足が止まってしまう。
ともあれ立ち止まっていては帰れない。
侯爵家の面々に挨拶もなしに勝手に帰ることもできないから、ひとまず皆のもとへと歩み寄ったのだが。
ウルザが満面の笑みを浮かべて、僕を迎えてくれた。
「やっぱりあなたが私の首席合格を脅かすわけね、マシュー」
「どうかな。座学の方もあるし」
「七属性。しかも上位属性以外の魔術は軒並み他の追随を許さない練度。座学で少々の差があったとしても、あなたの首席合格は間違いないでしょうね」
ウルザは「それでは皆様、ごきげんよう」と告げて自分の侍従と護衛の元へと立ち去っていった。
トバイフは興奮した様子で「凄いよマシュー! 七属性だなんて。君、まさか王族の落胤だったりしないよね?」とまくしたてる。
その通りだけど、肯定するわけにはいかないので「僕は平民です」とだけ答えた。
ジュリィは微笑を浮かべて「さすがはマシューくんですね。おみそれしました」と言ってニコニコしている。
エドワルドは舌打ちを堪えた様子で「お前に上を行かれていることが信じがたい。入学後には必ず上を行く」と宣戦布告のようなことを言って立ち去った。
僕はトバイフとジュリィに「では僕はもうこれで帰りますので」と挨拶をして、ユーリたちの元へと向かった。
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