30.そこは覚悟していますから。

 数日後の夕食の時間。

 アレクシス伯爵邸での夕食は、基本的に僕とイスリスのふたりが揃っていただく。

 クレイグは魔導院で研究に根を詰めることがあり、その場合は魔導院に寝泊まりしているようでそもそも帰ってこない。

 だが今日は幾分か機嫌が悪そうな顔をしながら戻ってきたので、夕食の席に久々にクレイグが加わることとなった。


「……マシュー。入試の結果が出たそうだ。今年の入試首席合格者はお前だ」


「そうですか。教えていただき、ありがとうございます」


「マシュー先輩。魔導院入学おめでとうございますっ! さすが先輩、四侯爵家の子女が揃っていたのに首席だなんて……」


 イスリスがキラキラした目で僕に視線を送ってくる。

 僕は「ありがとう」とだけ返し、クレイグの顔を伺う。


「で、なんでそんなに機嫌が悪そうなんですか」


「……研究がちょうど良く進んだところだったのだ。それを院長がマシューの首席合格を知らせてきて、帰らざるを得なくなった」


「誰かに伝言を頼むとかでは駄目だったのですか?」


「俺はマシューの後見人だ。それが魔導院の合格を人づてにするのは外聞が悪い。特に院長直々に首席合格だ、と知らせに来たのだから、俺が伝えねばならん」


「なるほど」


 クレイグが不機嫌なのは、研究が中断したからのようだった。

 僕のせいではあるが、理由がハッキリしているしクレイグのことだからすぐに気持ちを切り替えて明日から研究に邁進することだろう。


「そういうわけなので、マシューは魔導院の制服を見繕っておかねばならない。魔導院において学生は制服の着用が基本だ。マシューの場合は制服で過ごすことになるから、……面倒だな、制服の準備はハーマンダに頼め」


「僕の制服より研究ですね。それはいいのですが、先程の言い方だと学生でも制服でなくてもいい人がいるような言い方でしたが」


「ああ。身分が高い者は制服を特注で仕立てる。その際に元の制服にはない刺繍やら何やらが追加されたりすることがあるだけだ。だから厳密に制服を着用するのは下級貴族や平民だな」


「なるほど。僕は表向きは平民だから制服なんですね」


「そうだ。俺の後援があるとはいえ、それだけだからな。平民のお前が特注で制服を作らせるのはおかしい」


「分かりました」


 制服の準備の段取りやなんかはハーマンダが知っているだろうから、僕が知っている必要はないし、クレイグに聞いても面倒がられるだけだから気にしない。

 イスリスがうっとりした声で「制服かあ。お父様、私の制服は特注でお願いしますね?」と言った。

 クレイグはワインを口にしながら片眉を上げた。


「……まあいいが。イスリスが魔導院に入学したなら、そのときは制服を特注にしてやろう」


「ありがとうございます、お父様」


 クレイグは基本的に魔術にしか興味を示さないが、さすがに娘は可愛いらしい。

 ちなみにクレイグの妻、つまりイスリスの母親はイスリスが幼い頃に病気で亡くなったのだそうだ。

 イスリスの部屋に彼女の母親の肖像画が飾られているらしいが、僕はイスリスの部屋には入ったことがないので見たことはない。


 クレイグはふと何かを思い出したらしく、食器をテーブルに置いて食事の手を止めた。


「そうだ、マシュー。学年首席は魔導院の同学年の代表として挨拶をしたりする機会が多い。さしあたっては新入生代表として院長への挨拶があるな」


「う、そういうの僕がやるんですか。四侯爵家の誰かではなく?」


「当然だ。マシューが首席を誰かに譲り渡せばそのような雑事からも解放されるだろうが……決して試験などで手を抜いて首席の座を奪われるような恥を晒すなよ?」


「大丈夫です。そこは覚悟していますから」


 未来の王族として人の上に立つ経験は必須だ。

 魔導院の学年首席の座はその訓練にうってつけだし、後々に王族であると明かしたときに箔が付くということなので、首席の座は守った方が良いとハーマンダにはキツく言われている。

 クレイグは「なら良い」と頷き、食事を再開した。

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