23.カーレアは僕の秘密を知っていたのか。

 今日はかねてから準備されていたお城へ上がる日だ。

 この日取りが先に決まっており、それに合わせて礼儀作法の授業が組まれていたからちょっと大変だった。

 礼儀作法の授業が急ピッチで進められ、僕はなんとお城に上がれる水準になったとのことだ。


 近侍となったユーリとルカが僕の護衛だ。

 そして専属侍従のカーレアもついてくる。

 まだ夜伽は命じてはいないけど、僕の専属侍従にはなったようだった。


 クレイグも侍女ひとりと騎士ふたりを連れて来た。

 ユーリとルカ、そしてクレイグの騎士の4人は馬車の外で護衛だ。

 馬車には僕とカーレア、クレイグと彼の侍女が乗り込んだ。


「紹介しておく。俺の秘書のフェミリアだ。マシューの事情は知っている」


「初めましてマシュー様。クレイグ様の専属侍従のフェミリアと申します。クレイグ様は先ほど秘書と呼ばれましたが、書類仕事を手伝う程度の能力を持ち合わせております」


「伯爵家当主の仕事を手伝える有能な秘書だ」


「恐縮です」


 短くフェミリアが一礼する。

 クレイグが「さて」と呟いた。


「〈サイレントルーム〉。小規模の遮音結界だ。これで馬車内の会話は外に漏れ聞こえることはない」


 おお、と僕はクレイグの素早い魔術行使に見入った。

 魔力の形成から呪文詠唱までが短かった。

 さすが魔導院で教授をしているというだけはある。

 父とどちらが上手だろう。


「さてマシュー。今日はお前の祖父である国王陛下と、ふたりの伯父である王太子殿下とその弟君と秘密裏に会うことになっている。礼儀作法の授業は終えているが、血の繋がった家族だ。多少ボロがあっても見逃されるが、公の場ではそうもいかん。良い練習だと思って臨め」


「え? は、はい」


 僕は横のカーレアを見る。

 カーレアはいつも通り澄ました顔で話を聞いていた。


「ん? ああそうか、カーレアもマシューの出自については知っている。だからこそ、お前の専属だ」


「そ、そうだったんだ……」


 知らなかった。

 そうか、カーレアは僕の秘密を知っていたのか。


「ちなみに俺が連れてきた騎士ふたりも知っている。だから今日、連れてきた。有事の際は俺よりもマシューを守れと命じてある。まあ何事があるわけでもないだろうが、一応、そういうことだから知っておけ」


「え? それじゃあクレイグの護衛は?」


「俺は自力でなんとかする。そもそも王城で有事があれば詰めている騎士たちが対応するのだ。護衛は見栄えのために連れてきているようなところがあるからな。貴族の見栄という奴だ」


「はあ」


 そもそも貴族街に居を構えているアレクシス伯爵家からだから、王城まではあっという間だ。

 門をくぐり馬車を預け、僕たちはお城へと入った。

 クレイグの小言も一時中断である。


「お待ちしておりました、アレクシス伯爵。近衛騎士のセイデリアと申します。本日は伯爵をご案内するようにとの命を受けております」


 髪を短めにカットした、スラリとした女性の騎士が出迎えだった。

 チラリと僕に視線が向いたようだが、すぐにキリっとした表情でクレイグを見る。

 クレイグは鷹揚に頷いた。


「出迎えご苦労、騎士セイデリア。では案内を頼もう」


「は! では私について来てください」


 王城の長い廊下を歩き、大きな階段を登り、上へ上へと城を登っていく。

 途中で貴族に話しかけられることもあったが、「申し訳ないが約束の時間が迫っている。今度、時間があるときにでもお声掛けください」とすげなくしていた。

 話しかけていた貴族も先導しているのが近衛騎士だと見るや、王族との約束だと判断するくらいの知恵は回るようで、「それは失礼した」と言って退散していくのだった。

 もちろん一緒にいる子供であるところの僕に視線をくれるのはどの貴族も同じだった。

 その子供は一体、何者だ? と言わんばかりの疑惑の目。

 僕は知らんぷりしつつ、クレイグの後をついていく。


 そして上層階にある応接室に入った。

 近衛騎士のセイデリアが「こちらでお待ち下さい」と告げて、退室していく。

 クレイグがソファに腰掛け、僕も座るように促した。


「ここは防音が効いているから、何を話しても大丈夫な部屋だ。もうしばらくすれば、国王陛下と王太子殿下と王子がやってくる」


「そういえば国王陛下やふたりの伯父の名前を知らないのですが」


「ん? 礼儀作法の授業で習わなかったのか? いや事情を知らなければわざわざ教えないか。そもそも王都に住んでいて国王陛下と王太子殿下の名前を知らないと思わなかったかもしれんな」


「山奥の田舎から出てきた身ですから、知りませんよ……」


「分かっている。アルヴァルド・オルスト国王陛下。ウォルマナンド・オルスト王太子殿下。ケイグバジル・オルスト王子だ。当たり前だがオルスト王国の姓を冠している」


「父もエーヴァルト・オルストだったんですか?」


「そうだ。……おっと、来たようだぞ」


 始めに近衛騎士が僕たちが座っている向かい側の扉を開けて入ってきた。

 ひとりは先ほどまで僕たちを先導していたセイデリアだ。

 3人の近衛騎士たちがまず入り、僕たちの向かいのソファの後ろに控える。

 そして、王冠を頭に載せた立派なご老体がゆっくりと歩いて入ってくる。

 国王陛下は僕に視線を向けて、目を細めた。


「エーヴァルトの面影があるな。我が孫マシュー……会いたかったぞぉぉぉ!!」


 いきなりガバァと両手を広げて僕をハグしに来る国王アルヴァルド。

 焦りながらセイデリアが「まだ扉が閉まっておりません、国王陛下!!」と告げた。

 防音が整った応接室も、扉が開いていては台無しだろう。

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