24.僕は当面の間、勉強漬けというわけか。

 国王である祖父に盛大にハグされた後。

 伯父ふたりは近衛騎士に叱られている国王陛下を横目に、静々とソファに腰掛けた。


「やあ父がすまないね、ええとマシューだったね。確かにエーヴァルトの面影があるかな」


「そうだな。子供時代のエーヴァルトに似ているような気がする」


 王太子であるウォルマナンドとその弟であるケイグバジルは、父の兄ということでなんとなく父に雰囲気などが似ていた。

 ……兄弟だから当然だろうけど、本当に王族と血の繋がりがあるのだなあ。


「初めまして。エーヴァルトの息子のマシューといいます」


「ああ、挨拶がまだだったね。王太子のウォルマナンドだ。楽にしていていいよ。ここの者たちは君が誰だか知っているから」


「俺はケイグバジル。エーヴァルトの2番目の兄に当たる。よろしくなマシュー」


 近衛騎士の説教が終わったというか、挨拶を始めた僕たちを見て混ざりたくなって気もそぞろになった国王が解放されてソファにどっかと腰掛ける。


「うむ!! 儂がそなたの祖父であるアルヴァルド・オルストである。マシューよ、よく来てくれた」


「はい。孫にあたるマシューです。よろしくお願いします」


 国王であるアルヴァルドはやけに嬉しそうだ。

 何に喜んでいるのかイマイチ分からず、伯父ふたりに視線をやる。

 応えたのは王太子のウォルマナンドだった。


「私にも妻子がいるのだが、まだ子供は生まれたばかりなんだよ。こうして話ができる孫の存在が嬉しいのだろう」


「従兄弟がいるってことですか。まだ赤ちゃんだからこの場にはいないんですね」


「そうだ。それに赤ん坊だ。祖父でもなかなか面会できないんだよ。……それに初孫であるマシューの存在は気にしていたから、こうして会えて感情が高ぶっているのだろう」


「そっか。初孫になるんですね、僕は」


 僕は父が学生時代に作った子供であるから、兄たちの子より先に生まれていたということらしい。


「マシューが生まれた頃はまだ私は婚約者を決めかねている状態だったからね。王族としては少し結婚が遅かったんだ」


「そのお陰で俺の方の結婚もまだだからな。末っ子のシャトリシアに先を越された」


「女性の婚期は短いからね。ケイグバジルには悪かったと思っている」


「まあ兄上と違って婚約者はもう決まっているから、そのうち俺も所帯持ちだ。タイミングを見て結婚するさ」


 恐らくシャトリシアというのが父の妹だろう。

 僕の叔母に当たる人だ。


「そのシャトリシアさんが僕の叔母に当たる人ですよね。シャトリシア叔母さんはどうしているんですか?」


「ん? クレイグは教えていないのか」


 王太子の言葉にクレイグが肩を竦める。


「実はマシューが王族の名前を知ったのは今日のことです。臨席しないシャトリシア姫のことまでは触れていませんでした」


「そうなのか? まあいい。シャトリシアはヘルモード侯爵家に嫁いだ。恐らく子は【精霊王の加護】を持って生まれてくるだろうから、その子は王族の養子となるだろうと目されている」


 僕は「ヘルモード侯爵家……」と呟いた。

 この国にはよっつの侯爵家がある。

 ウルザの生家であるイーヴァルディ、叔母が嫁いだヘルモード、残る二家はイドゥンとヘイムダルだ。

 これは礼儀作法の授業で習った。


「それにしても【精霊王の加護】を持った子が生まれたら養子に取るって……この国では【精霊王の加護】を持つ人物が生まれたら王族にする決まりなんですか?」


「決まりではないが、慣習としてそうなっている。貴族ならば少なからず王族の血が入っているから、もし自分のところに【精霊王の加護】を持つ子が現れたら進んで王家に差し出すだろうな」


「そうなんですか?」


「自分の子供が王家の一員になるのだ、その家の発言力が増すことになるからだ」


「そ、そんな理由で……」


「どんな理由であれ【精霊王の加護】を持つ血筋が他国に流れる方が怖いな。我が国の明確な強みだからな、【八属性魔法】は」


 王太子のウォルマナンドの言葉に周囲の人たちは頷いている。

 どうやら【精霊王の加護】というギフトを重視しているというのは本当らしい。


「ちなみにもし王族で【精霊王の加護】を持っていない子が現れた場合はどうなるんです?」


「……高位貴族に養子に出されるな」


「厳しいんですね」


「そういう例はこれまでにも幾つかあった。ともかく我が国にとって【精霊王の加護】は重要なものなのだ。というわけでマシューも時が来たら王族の一員として立ってもらうことになる」


「そういう話になっていると伺っています」


 僕は頷いた。

 今まで僕のことを見ながらニヤけていた国王陛下が「そもそも我が建国王が精霊王と契約を結んだことが切っ掛けなのだ」と言った。


「精霊王と契約?」


「うむ。この国には公には知らされていない、王族のみが知る精霊の聖地がある。そこを守るのが我ら王族の務めなのだ」


「精霊の聖地? 聞いたこともないです」


「一般には知られておるまい。貴族でも知らぬ家もあるだろうな。いずれマシューがもう少し大きくなったら知ることになる」


 なるほど、僕の知らない事情もあって王族では【精霊王の加護】持ちを大事にしているというわけだ。

 しかしそうなると……。


「僕が母に会うのは難しそうですね」


「ならんぞ!! 隣国のシャロニカマンサ女王にマシューが取り込まれでもしたら――マシュー、お主を殺すことになる!!」


「っ、そんなにまでなって血筋を守るのが……大事なんですよね。はあ、分かりました。母に会うのは当分、我慢します」


 僕だって死にたくはない。

 それに会いたい気持ちはあるが、母のことは覚えていないし死んだものと思っていたから、実はそこまで恋しいわけじゃないのだ。


「すまんなマシューよ。ひとまずは魔術に興味があるのだろう? ならば魔導院の入試のために勉強しておくがよい。時が過ぎるのはあっという間だ。そなたは表でも裏でもいろいろとやらねばならぬことが多い」


「え、なんですそれ。僕は何をしなければならないんでしょうか?」


「まず表向きはクレイグの内弟子として魔導院の入試に合格することだ。裏向きでは王族として相応しい振る舞いを身につけるべく、王族としての教育を詰め込まねばならぬ」


「王族としての教育……」


「そなたはエーヴァルトから何も聞かされておらぬのだろう? 礼儀作法も一般的な貴族のものでは足りぬ。王家から教育係を派遣するから、密かに学ぶことだ」


 つまり僕は当面の間、勉強漬けというわけか。

 もっと魔術の勉強ばかりして過ごしたいものだけど、そうもいかないんだろうなあ。


 ◆


 序章はここまでです。続きが気になる方はフォローと★を入れてくださると、作者のモチベーションが上がりますよ!!


 なお次の更新は10月1日です。

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