41.あっという間に魔法大祭の日がやって来た。

 魔法大祭は教師と一部の生徒が主体となって準備が進められる。

 一部の生徒というのは教師や教授と師弟関係にある者たちのことだ。


 三年生になると教師や教授に個人的に師事することが可能となるのが魔導院の特徴である。

 生徒は近しい属性や魔術の傾向などで教師に師事することで、魔術師としての技量を磨くことができる。

 教師の側は弟子にとった生徒の面倒を見て成績を上げることで自分の評価が上がるということで、積極的に弟子を取り育てる。

 ただし誰にも師事しない生徒が大半であるらしいが。

 何故かといえば、教師の弟子となるのはメリットばかりではないからだ。

 例えば魔法大祭の準備に駆り出されたり、授業の準備などを手伝わされたり、何かと雑用に使われることにもなるのだ。

 そのような事情のために、貴族ほど教師の弟子になることを敬遠しがちで、平民は割と積極的に師匠を探すということになるらしい。


 ちなみに教授の弟子になるのは難しいと言われている。

 教授からまず弟子として最低限の技量を持つことが求められる上に、自分の研究の役に立つだけの何かがなければ、教授の側に弟子に取るメリットがないからだ。

 もちろんその条件をクリアして弟子になる生徒の側には大きなメリットがある。

 教授は基本的に教師より魔術に関する造詣が深い。

 より高度な魔術の知識や技量を身につけられるし、教授の研究の手伝いをした実績は成績に上乗せされるため、卒業時の席次にも関係してくるのだ。

 故に教授の弟子に関しては貴族の生徒の希望者は多く、また平民であっても適性次第なのでやはり人気があるのである。


 ここまで言えば分かると思うが、クレイグに直接、魔術を教わっている僕の立場は非常に恵まれている。

 王族にすら顔が通っているクレイグ・アレクシス伯爵という男は、魔術師としてはこの国で確実に五指に入る実力者なのだ。

 そのクレイグに直接指導を受けている僕が魔導院の一年生首席の座にいるのはある意味で当然のことで、ウルザには「卑怯なほど恵まれている」とよく言われる。


 ただしウルザも平民のくせに七属性を持っている僕のことを、クレイグが認めて内弟子にとったのはある意味で当然だとも思っているので、そこまで頻繁に皮肉を言われることはないのだけどね。

 たまに機嫌が悪いと突っついてくるようだ、というのは最近、分かったことだ。




 あっという間に魔法大祭の日がやって来た。

 一年生である僕は準備に関わることがなかっただけに、競技に集中できる。

 普通の一年生は興味のある種目に出場したり、翌年以降の参加のために観戦に回るのだが、僕はそうも言ってられないので、出られる競技には参加することにしていた。

 魔法大祭の開催期間は三日間あり、一日目と二日目は様々な競技や催し物が開催される。

 三日目は花形と言われる闘技大会だけが開かれ、祭りは終わる。


 というわけで、イスリスに見送られて僕は一日目の魔法大祭に向かう。

 イスリスは一般観客として魔法大祭を見物しにくると言っていたので、どこかで僕の姿を見ることがあるかもしれない、とは言っておいた。

 ただ僕は色々な競技に参加する都合で、イスリスを案内したりすることはできないとも予め断りを入れておいた。

 しかしイスリスはどのようなルートでか、僕が参加する競技をチェックしてあり、それらを中心に見て回るのだと息巻いていたけど。


 ……まさかクレイグか、僕の参加競技を漏らしたのは?


 あれで親バカなところがあるから、もしかするとあり得る。

 まあイスリスに応援されるというのも悪いことではないので、「楽しみにしているよ」とは返しておいたけど、割とハードスケジュールだぞ今日の僕は。


 というわけでいつも通り、馬車で魔導院に到着したら、教室へ向かう。

 教室へ向かう途中でたまたまウルザと一緒になった。


「マシュー、あなたと勝負できる日を楽しみにしていたわ」


「それは光栄だけど。ウルザはどんな種目に出るの?」


「あなたが登録している種目、全部よ」


「…………は?」


 僕は一瞬、思考が混乱して間抜けな声を出して目を丸くした。

 いやだって、どうしてウルザが僕の出場競技を把握しているんだ?


「なに変な顔しているの?」


「いやいやいや。ウルザ、なんで僕が参加する競技を知っているのさ」


「それは上級生にコネがあるから。マシューが参加する競技の一覧が欲しいって言ったら、もらえたわよ」


「ええー……」


 どんな上級生か聞けば、それは僕も知っている三年生の女子生徒だった。

 名をアイリンダ・ガーディフという。

 ガーディフ子爵家の長女で、なんとクレイグの弟子でもあるのだ。

 クレイグに紹介されたことがあるので、一度だけ会ったことがある。

 ウェーブした黒のロングヘアとやや病的な青白い肌の先輩だ。

 お互い、距離を測りかねていたので親しくなったというわけではないし、クレイグも別に僕とアイリンダを親しくさせたいわけではなかったらしく、互いの存在を認識したらそれで良し、という雑な紹介だった。

 そうか、確かにクレイグの弟子であるアイリンダなら僕の参加する競技をクレイグから聞き出して一覧にまとめることができるだろう。


「それにしても、ウルザがアイリンダ先輩と知り合いだとは知らなかったよ」


「貴族の子女は社交の場で挨拶はしているから。それにガーディフ子爵はイーヴァルディ侯爵家の派閥だから、アイリンダ先輩のことは小さい頃から知っているわよ」


「そうだったんだ」


 このオルスト王国には派閥がいつつある。

 簡単に言えば、王族と四侯爵家それぞれに従う貴族家のまとまりを派閥と呼んでいるだけだ。

 もっとも王族派閥と侯爵家派閥は掛け持ち可能なので、大半の貴族家は王族派閥なのである。

 そもそも派閥といっても子分の数を競うようなものであり、政治的な主義や主張で分かれているというものでもない。

 故に派閥間で争うというのもなく、ただ王族と侯爵家を頂点とした政治体制がガッチリと組まれているのがウチのお国柄というものらしい。


「だからマシュー、今日は直接対決というわけ。楽しみにしておきなさい」


「うん。負けないように頑張るよ」


「…………さすが首席様。私などは眼中にはなさそうね?」


 え、そんなこと言ってないよ?

 しかしウルザの目は笑っていない。

 どうも彼女は僕の言動に勝手に何か裏の意味があると勘違いすることが多く、こうして機嫌を損ねてしまうことが度々、あったのだけど。


 ……なにも今日、それをやらかすなんてなあ。


 早歩きで先を行くウルザを追いかけるようにして、僕は教室へ向かった。

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