40.どうやらただで負けるつもりはさらさらないらしい。
トバイフが本から顔を上げた。
「ルーバット先輩こそ図書館には日参しているじゃないですか」
「俺はお前らと違って毎日じゃないぜ? 適度に息抜きしてるからな」
僕たちの席の近くに陣取り、気安い態度で接してくるのはルーバット・グラストル。
グラストル伯爵家の三男で、二年生の成績上位者だ。
悪びれたところのない明るい性格の人で、言葉を飾らずに言えば女子にモテる。
ただ本人の女癖は最悪で、よくふたり以上の女子生徒に凄い剣幕で詰め寄られているところを魔導院の敷地内でしばしば見かけることがあるほどだ。
だがそれでもモテるし懲りずに浮気して修羅場になるという肝の太い男である。
そんな人柄ではあるが、邪気のない明るい性格もあって割と男子の交友関係も広いという好人物であった。
「先輩の適度がどの程度かは知りませんが、割と図書館で見かける頻度が高いと思いますよ」
「そりゃお前。図書館ではお静かにってな。ここでは女子にギャーギャー言われずに静かに過ごせるわけよ」
「それで本の一冊も持たずに席に座っているんですか……」
「まあまあ。今日は読書じゃなくて課題やろうと思って来たからな」
ルーバットは鞄から数枚の用紙を取り出して、テーブルに広げた。
こうして読書をせずに課題や勉強のために図書館に来る生徒も少なくはない。
ルーバットは宣言通り、用紙に向かってペンを走らせ始めた。
トバイフはため息をひとつ吐き、読書に戻る。
「ところでお前ら、魔法大祭は何に出るんだ?」
図書館が閉館時間を迎えたので帰り支度をしていると、ルーバットがおもむろに話しかけてきた。
僕は「できる限りは出るようにと言われているので、色々と参加するつもりです」と応じた。
トバイフも素直に「闘技大会には出ようと思っています」と応える。
「さすが一年生の首席、積極的でいいこったな。しかし魔法大祭は三学年が同じ土俵で戦うことになる。闘技大会もだな。誰でも最初は一年生だから参加するのはいいことだが、経験者との戦いになるのは覚悟しといた方がいいぜ」
「なるほど。確かにその通りですね」
僕は素直に頷いた。
ただその辺はクレイグからも聞かされているので、心得ている。
クレイグ曰く、2年程度のリードなどアドバンテージにはならない、だそうだ。
ほんとかな? とは思いつつも、当の教授が自ら実証しているので反論はし辛い。
クレイグは三年連続で闘技大会を連覇した伝説を持っているからだ。
ちなみに父は闘技大会では魔力運用の面で苦戦したらしく、クレイグに敗北を喫していたそうな。
属性数が多くとも魔力自体が多くとも、写し身のゴーレムの運用はそれだけ戦略性が高いということでもある。
如何に最小限の力で勝ち進み、強敵を相手にしても節約するかが課題だそうだ。
そのために魔術を用いた戦闘についてはみっちりと叩き込まれたし、ゴーレムを操作するための地属性魔術も練習させられていた。
この辺りは王族として箔をつけろというより、単純にクレイグの弟子として三連覇をしろ、ということなのだと思う。
普通は一年生が闘技大会で優勝するのは無理があるのだ。
トバイフは「やっぱり二年生の授業を受けていると一年生より強くなれるものですか?」とルーバットに問うた。
「そりゃそうさ。授業はどんどん高度になっていく。中にはついていくのが難しくなって補習まみれになってる奴も出るくらいだ。まあそんな奴は最初から魔導院に入学するなって話ではあるんだが……」
「なるほど。でもルーバット先輩、聞けば一年生のときの闘技大会で準決勝戦まで勝ち進んだとか。何かコツとかあるんですか?」
「誰から聞いたんだか……。コツなんてないぞ、ただ俺は戦闘系の魔術ばっか習得しているから、他の連中より強かっただけだ」
トバイフは「属性の差ですか」と目を細めた。
ルーバットの属性は風属性、氷属性、雷属性のみっつだ。
ゴーレム操作に有利な地属性こそないものの、攻撃力の高い中位属性をふたつ持っており、さらに風属性は中位属性とも相性が良く、結果的に戦闘力の高い魔術ばかりを習得しているらしい。
それだけで準決勝まで行けるなら苦労はしない、恐らく当人の戦闘センスが優れているのだろう。
「おう。トバイフは治癒系が強いんだろ。闘技大会向きじゃねえから苦戦は免れねえぞ」
「僕は単純にお祭りを楽しみたいだけですので。それに家から命令も出ているので、闘技大会への出場は決定なんですよ」
「そうか、侯爵家の生まれってのも大変だな」
ルーバットは「じゃあ俺はこれで」と言ってさっさと立ち去る。
トバイフは「僕らも本を返却して帰ろう」と言った。
「うん」
僕は応えて、トバイフの抱えている本のタイトルがチラっと見えた。
『魔力運用の基礎』『地属性に頼らないゴーレム操作』、他にも闘技大会に役立ちそうな単語が見える。
どうやらただで負けるつもりはさらさらないらしい。
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