第二章 魔法大祭

39.教師のやる気を削がないか心配だ。

 魔導院の1年目は魔術の基礎磨きである。

 とはいえ僕は基礎という基礎を父とクレイグに叩き込まれていたから、授業は退屈なものとなっていた。

 それは優秀な成績で入試を突破した四侯爵家の4人も同様らしく、授業中は最前列にも関わらず各々、好きな書物を読む時間になっている。

 教師のやる気を削がないか心配だ。


 魔導院のカリキュラムは3年間。

 12歳で入学して14歳で卒業する。

 そして成人扱いの15歳からはほとんどの卒業生が魔術師として王城に務めることになるのだ。


 授業は午前中と午後に分かれており、その間に昼食休憩がある。

 昼は6人で摂る。

 即ち僕とアガサと侯爵家の4人というメンツだ。

 最初の頃こそビクビクしていたアガサだったが、ある日以来、何故かジュリィの給仕の真似事を始めた。

 曰く、「寮を出てヘルモード家で侍女見習いの勉強をさせてもらっている」とのこと。

 僕はジトリとした視線をジュリィに送ったが、彼女は素知らぬフリで受け流したのだった。


 他の侯爵家の面々からすると、平民だから侯爵家の侍女の道は悪くないと思っているようだ。

 わざわざ魔導院を卒業してなるのがヘルモード侯爵家の侍女って……。


 ともかく僕たち6人は固まって動くことが多いため、同学年の学生たちは近寄ってこない。

 用事もないのに侯爵家の4人に関わり合いにはなりたくないだろう。

 とてもよく分かるよ。




 さて魔導院にはふたつのビッグイベントが存在する。

 一年の前半にあるのは実技の華『魔法大祭』だ。

 そして一年の後半には研究発表の場である『論文査読会』がある。

 前者は王都の一般市民も見学可能なイベントもあって派手だが、後者は魔導院の内輪向けのイベントでひたすら地味だ。

 とはいえ『論文査読会』で優れた論文を発表できたなら、教授への道が開けるのだから魔術の研究開発で飯を食っていこうと思ったら、死ぬ気で頑張らねばならないのだが。


 さて目前には『魔法大祭』が迫っていた。

 出場は任意だが、僕たち成績上位者には教師から「出来る限り出場して欲しい」とのお言葉を内々にいただいている。

 首席の僕は当然、出場を望まれているし、クレイグからも「出ろ」と言われていた。

 侯爵家の4人はこういう目立つ催しものは大好物らしく乗り気だ。

 アガサは巻き込まれそうだけど、大丈夫だろうか?


 女子3人はいつもまとまって行動しているため、なかなかアガサとふたりきりで話をする機会がない。

 恐らくジュリィが僕の正体に近いアガサを監視下におくために侍女見習いにしたのだと思うけど、アガサが納得してそんなことをしているとは思えないのだ。

 だが実際には不満ひとつ言わずにむしろ積極的に侍女見習いに徹している気さえするのがよく分からない。

 その辺りの事情を聞く機会があればよいのだけど……。


 いつも通り授業を終えた後は、図書館通いだ。

 最近はトバイフがついてくるようになっていた。

 教室から図書館への道すがら、トバイフは僕の横に並んで口を開いた。


「マシュー、魔法大祭ではなんの種目に参加するつもりだい?」


「それが、できるだけ出ろってクレイグ教授から言われているんだよ。無理のない範囲で参加種目を決めるつもり。トバイフは?」


「やっぱり闘技大会には出たいね。花形だし」


「あれ、でもトバイフって確か治癒魔法が得意だって言ってなかったっけ?」


「うん。でも別に戦えないわけじゃないから。それに家からも闘技大会には出ろって言われていてさ」


「そうか。侯爵家も大変だね。出るからには当然、結果も求められるだろう?」


「そりゃね。でも組み合わせは運も絡むし。一回戦でマシューなんかと当たったら運がなかったと思って諦めなきゃいけないだろうから」


「……勝とう、とは思わないんだ?」


「あはは。エドワルドならがむしゃらに向かっていくだろうけど、僕は引き際を弁えているからね。マシューの攻撃魔術を受けたら僕なんて一発でバラバラにされちゃうよ」


 闘技大会では写し身のゴーレムを使って、選手は間接的に戦うことになっている。

 写し身のゴーレムは選手の外見と能力を写し取って、それを傍から操作することになるわけだ。

 攻撃魔術などでゴーレムが破壊されたり、魔力切れでゴーレムを操作できなくなったら敗北となる。

 写し身のゴーレムは同じものを使い続けるから、勝ち上がるほどに戦いは厳しいものになっていく。

 試合の合間にゴーレムの修復は許されているものの、選手の魔力回復は制限されているから、いかに魔力を節約しつつゴーレムにダメージを蓄積させないようにするかが肝となるわけだ。


 本人が戦うのとはまた違った戦術や戦略が必要になるため、選手本人の魔術戦闘能力より魔力の運用方法やゴーレムの活用方法などが重要になる。


「でもトバイフなら工夫を凝らした戦術とか練っていそうなイメージがあるよ。ただでは負けない、みたいな」


「それは僕の性格が悪いって言いたいのかい?」


「いや、そういう意味じゃ……」


「あはは。ごめんごめん。でもそうだね、直接マシューと戦うわけじゃないから、少しは粘らないと。負けるにしても戦いの内容は重要だよね」


「戦いの内容か。確かに重要だね」


 僕は将来、王族として立つわけだから姑息な戦法は取るな、とクレイグとハーマンダから言われていた。

 正々堂々、正面から戦い、勝利せよ。

 それが王道だそうだ。


 ……言うは易しだよなあ。


 しかし将来のことを考えると、王道を行くしかないというのも分かっている。

 そして簡単に敗北することは許されない。

 難儀だなあ、とは思うが僕の将来のためには必要なことだ。

 頑張るしかないだろう。


 話をしていると、図書館に着いた。

 司書のベラレッタに挨拶をしてから、僕たちは図書館で好きな本を選び、テーブルで読書に勤しむ。


「お、トバイフとマシュー。今日も精が出るねえ」


 僕たちに声をかけてきたのは、二年生のルーバットだった。

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