ジュリィ・ヘルモード
魔導院の授業が始まって数日。
アガサが寮を出て我が家の侍女見習いとして住み込みで勉強することになるのが今日からだ。
マシュー様との婚姻のための手札は多い方が良い。
アガサはきっと手札の一枚になる。
魔導院から帰宅し、アガサを侍従長に引き渡した後、私は私室に戻り制服から普段着に着替える。
私の着替えを手伝っていた屋敷務めの侍女のひとりが、「そういえばジュリィお嬢様、本日はシャトリシア様が晩餐においでになるそうですよ」と教えてくれた。
私は思わず笑みを浮かべて「まあそれは素敵ですね」と応えた。
私は叔父と結婚した元王族のシャトリシア様が大好きだ。
私の人生を一変させてくれた人。
このヘルモード家で惨めな思いをしていた私に、進むべき道を照らしてくれた人だから。
私は普段着に着替えると、授業の復習をするために机で教科書を開く。
今日の午前中は担任であるマドライン先生の無属性魔法の授業だった。
無属性魔法、もしくは無魔法というスキルはない。
魔力そのものを操作する高等技術のことを俗に無属性魔法と呼ぶのだ。
故にスキルとしては【魔力制御】にあたる。
私の【魔力制御】のレベルは4とかなり高い。
幼い頃から無属性魔法、とりわけ〈フィジカルブースト〉について叩き込まれてきた。
ヘルモード家は代々、騎士を排出してきた家柄だった。
私も女騎士となるべく、幼い頃から〈フィジカルブースト〉を練習させられてきたものだ。
しかしヘルモード家の直系にあるまじき先天的な視覚障害があることが分かると、家の者たちは私を出来損ないと疎んじ始めた。
「眼鏡をしている者に騎士など務まらぬ。騎士の修練は捨てて嫁入りのために刺繍でも習ったらどうだ」
それは当主である父の言葉だ。
ヘルモード家において騎士にあらずんば人にあらず。
政略結婚の手駒になるために己を磨け、と正面から言われて、その夜は枕を抱いて泣いた。
10歳になりステータスを授かったものの、騎士となるための足がかりになるようなギフトやスキルはなかった。
私のギフトは【嵐の友】という【水魔法】と【雷魔法】の効果を増すフィールドを形成するというものだ。
武器に雷属性を纏わせる〈サンダーウェポン〉、私に接触した者を感電させる〈サンダータックス〉、水の障壁を出現させる〈アクアウォール〉、……これらみっつの魔術を強化できるもので、大した効果ではなかった。
しかし状況は、父の弟に降嫁してきた王族の姫君であるシャトリシア様のもたらした情報で変わった。
魔導院に私と同い年の王族が入学する予定だというのだ。
その王族はシャトリシア様の末の兄君であるエーヴァルト様の子で、行方不明だったその子が見つかったという。
現在はアレクシス伯爵家の者として表立って王族としては立たず、魔導院を卒業後に正式に王族となるのだと、シャトリシア様が父たちに教えてくださった。
魔導院。
魔法を学ぶための学術機関である。
私は騎士になれぬ身ゆえにと、魔導院に入学したいと父にねだった。
王族とのパイプはあればあっただけ発言力が高まる。
それはシャトリシア様がヘルモード家に嫁いできたときに痛感したことだ。
だから父は、私に魔導院に入学してくる王族と繋がりを持てと命じた。
友人でもいいからなんとしても接近しておくように、と。
友人では駄目だ。
私は密かに第二夫人か妾の座を射止める覚悟を決めていた。
このヘルモード家から出たい。
そのために魔術を必死で学んだ。
シャトリシア様は私のために家庭教師となる魔術師を用意してくださった。
騎士系の家系であるヘルモード家には魔術師の伝手はない。
その点でも私の後押しをしてくださったシャトリシア様に感謝している。
教科書を読みながら今日の授業の要点を振り返っていると、玄関に一台の馬車が入ってくるのが見えた。
シャトリシア様だ。
私は教科書を閉じて、敬愛する叔母様のもとへ向うことにした。
魔導院は始まったばかり。
マシュー様の正体を知っているのは恐らく生徒の中では私だけ。
他の女子を遠ざけて、私がマシュー様の隣にいるためには、何が必要だろう?
慌てる必要はないが、のんびり構えられるほど悠長にしている時間もない。
じっくりと策を巡らせて、マシュー様の心を射止めなければ。
そのためにもシャトリシア様から助言を頂きたい。
マシュー様についての情報は厳しく伏せられているから、唯一その情報を得られるシャトリシア様には頑張ってもらわねばならない。
足取りが早くなる。
玄関の扉が開かれ、シャトリシア様たちを迎える声が聞こえてきた。
私はいそいそと玄関に向かった。
そうすべてはこの忌まわしい家と決別するために――。
◆
第二章は明日から毎日更新です。お楽しみに!!
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