8.もしかして、僕を囮に使いましたか?
バタン、と蓋のような扉が開き、地下室に何者かが凄い勢いで飛び込んできた。
僕を攫った魔術師ナイゼルは、すかさず魔術を放った。
「〈マインドクラッシュ〉!!」
精神を一時的に砕き気絶させる闇属性の高位魔術だ。
僕を気絶させたのはアレだったのか。
対する地下室に飛び込んできた何者かは、ビリ、という紙の破れるような音を発しただけでナイゼルに向けて動く。
その速度は目で追うのもやっとだ。
侵入者は手でナイゼルの首を掴む。
ギリギリと締め上げ、ナイゼルの顔が苦悶に歪む。
あれでは魔術を唱えることはできまい。
どうやら侵入者は僕の味方らしかった。
口から泡を吹いて白目を剥いたナイゼルは、全身を脱力してその場に崩れ落ちた。
「大丈夫だったかにゃん? マシュー」
「いえ、〈ギアス〉をかけられてどうにもなりませんでした。助けに来てくれたんですよね、ミアさん?」
侵入者は『小鳥の止まり木亭』の猫娘族のミアだった。
顔見知りに安堵したものの、すぐに疑問が湧く。
なぜここに?
「ごめんだにゃ。ウチらはもともとこの街の人身売買組織を追っていたにゃん」
「もしかして、僕を囮に使いましたか?」
「ごめんだにゃん」
「……まあいいです。で、ミアさんは何者なんですか?」
「ウチは盗賊ギルドの一員なんだにゃ」
盗賊ギルドといえば、情報の売り買いから暗殺まで幅広く裏社会をまとめる非合法ギルドのことだ。
ミアの話によれば、盗賊ギルドに属さずに子供を攫って売り買いをしている集団がこの街に潜伏していたらしく、盗賊ギルドはそれを良く思っていなかったらしい。
そこで僕を囮にすることで、組織をあぶり出すことに成功。
こうして首魁であるナイゼルをやっつけたというわけらしい。
「で、ミアさんは盗賊ギルドではどんな立場なんです?」
「……暗殺者にゃ」
「ミアさんが? まあさっきの動き、凄かったですからね」
「怖くないかにゃん?」
「ううん、殺す場面を見たわけじゃないし、実感も湧きません。それより、ナイゼルのかけた〈ギアス〉を早く解いて欲しいですね」
「ああ、それはこっちで対処するにゃん。神殿で解呪できるように手配済みなんだにゃ」
盗賊ギルドに神殿が協力しているのか。
ちょっとその辺りの事情というか、力関係が分からないけど、少なくとも僕の〈ギアス〉は解除してくれるらしい。
その後は大捕物だったらしく冒険者も動員されていて、大騒ぎだった。
手足のロープから開放された僕は、ミアの護衛のもと深夜だというのに神殿で〈ギアス〉の解呪を受けた。
そして宿へ戻って後はグッスリだ。
大人たちの仕事の邪魔をするわけにはいかないからね。
翌朝は朝食の後、ミアに盗賊ギルドに連れて行かれた。
表向きはただの酒場だったのだが、奥に通されると隣の建物と繋がっていたらしく、広々としたラウンジに強面の男女数名が待ち構えていた。
「ナイゼル捕縛の功労者に、礼をしないと筋が通らないにゃん」
ミアが僕の背中を叩いた。
功労者といっても、僕はただ囮にされただけなのだけど。
一番、偉そうな男が銀貨袋をテーブルに放った。
テーブルには僕が奪われたショートソードも載っている。
「マシューといったな。ステータスもねえのに悪いことをした。これは謝礼だ。遠慮なく受け取ってくれ」
「いいんですか? 囮になったとはいえ、実際には何もしていないんですけど」
「いいんだよ。謝礼だって言っただろ。勝手に囮にして悪かったな。怖い思いをさせた」
「まあ。それじゃあ、ありがたく頂きます」
袋を手に取ると、ズッシリとした重みがある。
これかなりの金額が入っているんじゃないだろうか?
ショートソードも手に取り、自分のものだと確認した。
腰に差しておく。
威嚇効果はないことが今回の件で分かったが、村人からの餞別だから失くしたくはなかった。
「この街にいる間はもう危険はねえ。ただこっから王都へ行くんだろ。ひとりで大丈夫かいマシュー?」
「そうですね……ちょっと不安になりました。ナイゼルほどの魔術師が出てきたらどうにもならないです」
「そうだろうなあ。まあその金で冒険者でも護衛に雇ったらどうだ? ナアナに頼めば素行の良い奴を紹介してくれるだろうさ」
「ナアナさんですか?」
冒険者ギルドの受付の名前が出てきたので、首を傾げた。
ミアが「そうだにゃ」と口を開いた。
「この街の猫娘族はほとんど盗賊ギルドと繋がりがあるにゃん」
「えっ、そうなんですか?」
「まあ種族柄、【隠密】とか【聞き耳】とか得意な奴が多いんだにゃ」
「なるほど……」
話はそれだけだった。
酒場から出た後はミアと分かれて、僕はいつも通り生活魔法を使う仕事をしに冒険者ギルドへ向かった。
ちなみにナイゼルたちがどうなったのかは、聞かなかった。
聞いたら教えてくれたかもしれないが、藪から蛇が出てくるだけだと思ったのだ。
ロックとクレアはいつも通りだった。
きっと昨晩の騒動については知らないのだろう。
わざわざ教える必要もないだろうと思って、何も言わずに仕事をした。
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