7.想像より街は危険で、悪人は狡猾で隙がなかったのだ。
冒険者ギルドで働き始めて4日目。
ロックとクレアとも打ち解けてきた。
始めこそ物珍しさからお客が多かったが、風呂に入るのがそもそも毎日じゃない冒険者たちのこと、〈クレンリネス〉をかけてもらうのも毎日じゃなくていいと早々に判断したらしい。
僕のところには綺麗好きのお客か、仕事中に酷く汚れてしまったお客くらいしか来なくなった。
代わりというか、もともとのお客がロックとクレアに戻って一安心だ。
僕としても楽をして金儲けをする感覚を得るのはよくないと思っていたので、この料金設定にしたナアナには感謝しなければ。
そうナアナといえば、ミアとは親戚だということだ。
というかこの街の猫娘族は全員、何らかの親戚関係にあるとか。
女性しかいない猫娘族は他種族の男と交わることでしか子を成せない。
男の子が生まれれば相手の種族、女の子が生まれれば例外なく猫娘族が生まれるというから不思議なものだ。
そういう話を、暇な時間帯にお茶とお菓子を振る舞われつつ聞いた。
日暮れ前になったら宿へ帰る。
ロックとクレアと分かれて、宿へ向かおうとしていた道すがら、正面を3人の男たちが道を塞ぐように路地裏から出てきた。
嫌な予感がして背後に向き直ると、そちらからも3人の男たちが現れたのだ。
マズい。
ジリジリと距離を詰めてくる男たちに、僕は大声で助けを求めた。
「誰か――!! 助けて――!!」
シン、と静まり返った街の空気に嫌なものを感じた僕は、助けを当てにすることをやめて応戦することにした。
とはいえ大人の男性が6人がかりだ。
まず勝てない。
一気に体内の魔力を活性化し、前方に魔術を放つ。
「〈スリープクラウド〉!!」
白いモヤが前方の三人組を覆う。
ぐらぐらと頭が揺れて、3人は睡眠状態に陥りその場に崩れ落ちる。
背後の男たちは逃げられると思ったのか、一気に距離を詰めてきた。
僕は正面に向けて走り出す。
息を止めて〈スリープクラウド〉を吸い込まないように気をつける。
だがすぐに背後の追っ手の1人は僕の肩を掴んだ。
大人と子供の身体能力の差は大きい。
しかし狙いは僕の身柄だろう。
多少、乱暴なことはされるかもしれないが、大人しくしていれば殺されることはないと思った。
それが隙だったのだろうか、僕の頭に強い魔力が叩きつけられた――。
――気がつくと、窓もない部屋で目覚めた。
地下室だろうか、真っ暗だ。
どうやら気絶したところを攫われて来たらしい。
両手と両足をロープで縛られている。
きちんと猿ぐつわも噛まされていた。
魔術はその名を唱えないと使うことができない。
猿ぐつわをされた状態では、魔術を使うことはできないのだ。
腰のショートソードはどこへいったのだろうか。
さすがに取り上げられてしまっている。
どのくらい気絶していたのか、分からない。
短時間ならまだ夜中。
宿ではミアが僕が戻らないのを心配してくれているかもしれないが……。
「どうやら目が覚めたようだな」
男の声がして、そちらに視線を向けた。
暗さに目が慣れてきたから分かるけど、僕を攫った6人の男たちの誰でもなかった。
恐らくは大声を出して助けを呼んだときに感じた違和感の正体、遮音結界を作り出した魔術師だろう。
「〈クレンリネス〉が使える子供は貴族に高く売れるだろう。運がなかったな、小僧。あんな目立つ稼ぎ方をしていなければ、こうはならなかったかもしれなかったのにな」
僕は男を睨みつけた。
人攫いか……気をつけていたとは言えないが、ひとり旅の最中にこういう事態を想定していないわけじゃなかった。
ただ子供ひとりに対して大人6人がかり、しかも隠れて魔術師が結界を張って来るとまでは想像していなかったのは確かだ。
……甘かった。
想像より街は危険で、悪人は狡猾で隙がなかったのだ。
「どれ、喋れないガキを相手にひとりで語るのもつまらんからな、猿ぐつわは外してやろう。もちろん魔術は使わせないが」
「…………?」
「〈ギアス:俺が許可した以外の魔術の使用を禁ずる〉!!」
ちょ、〈ギアス〉だと!?
闇属性の高位魔術じゃないか。
人攫い如きが使って良い魔術じゃないぞ。
男は宣言通りに僕の猿ぐつわを外した。
確かにこれでは魔術は使えない。
「まずは名乗ろう。俺の名はナイゼル。この通り魔術の腕前は悪党に落ちても一流だ」
「……僕はマシュー。ナイゼル、〈ギアス〉が使えるほどの魔術師が何故、人攫いなどに甘んじているんだ?」
「ふン? もちろん儲かるからだ」
「金ならどこかに仕官しても……」
「俺より劣る者に仕えて、俺より弱い者に媚びへつらえ、と? まっぴらだ、そんな人生はな!」
「だから人攫い? そんな悪行に手を染めることの方が僕には理解できない」
「世間知らずのガキには分からんかもしれんなあ。さて魔術は使えんがステータスは開けるだろう。今のお前の価値を知りたい。教えろ」
「…………」
「どうした? 痛い目でも見たいか? あまり商品に傷を付けるような真似は――」
「いや、僕はまだ10歳になっていない。だからステータスは分からない」
「は? 〈クレンリネス〉が使える、お前が? 〈スリープクラウド〉さえ繰り出してみせたお前が、まだ10歳にもなっていないだと? 馬鹿を言うな」
「本当だ」
「…………嘘じゃないってのか」
ナイゼルは凄絶な笑みを浮かべた。
「ツイてる。コイツは金になる。ステータスもギフトもなしにこの魔術の腕前。まっとうな魔術師の家系に生まれたのだろうな。いやはや、これはツキが回ってきたな」
抵抗の手段を取り上げられた今、僕はコイツに一矢報いることもできない。
悔しいけど、どうすればいいか分からなかった。
そのとき、天井の上で食器か何かが割れるような音がした。
ナイゼルは素早く部屋の隅へと移動し、短杖を腰から抜いて構える。
短杖を向けた先は上へと続く階段があった。
階段の先には蓋のような扉。
やはりここは地下室なのだろう。
ならば先程の物音は――?
僕は背中にじっとりと冷たい汗をかいていた。
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