6.実際、難しいのだ。

 夕方前になる頃、孤児院からもうひとり男の子が来た。

 名前はロック。

 トゲトゲしい視線で僕のもつ木片の看板を睨んでいる。


「…………」


「…………」


「ちょっとロック。マシューを睨まないでよ」


 クレアが見かねて仲裁に入った。


「だってよぉ。半銀貨1枚って……〈クレンリネス〉は確かに凄いけど、これじゃ俺たちが馬鹿みてえじゃねぇか」


「仕方ないじゃない。私たちは〈クリーン〉しか使えないんだから」


「ちぇ。まあいいや。俺たちは地道にコツコツやるしかないな」


 ロックからたっぷりと妬みを買ってしまったが、根は悪い奴じゃないらしい。

 大人しく待機場に座っていると、続々と冒険者たちが戻ってくる。


「お、新入りがいるじゃねえか……って〈クレンリネス〉!?」


「半銀貨1枚って……でもちょっと興味あるわね」


 槍を持った男性冒険者と杖を持った女性冒険者が、最初のお客さんになった。

 僕は銀貨1枚をもらい、ふたりに〈クレンリネス〉をかけた。


「わ、凄いわ。身体に染み付いていた返り血の匂いまで取れるの!?」


「こりゃ風呂いらずだな。今日はこのまま飲みに行こうぜ」


 結果としてこれが宣伝になった。

 興味本位の冒険者が客になってくれたお陰で、かなり稼がせてもらうことになってしまった。

 ロックとクレアにはやや申し訳ない。

 もちろん生活魔法に半銀貨も払えない、という冒険者も少なくなかったので、ふたりが儲けなしということにはならなかったけど。


 日が暮れる前あたりにロックとクレアが帰ると言い出したので、僕も宿に戻ることにした。


「チクショー、あんなに儲けやがって。おいマシュー、俺たちにも〈クレンリネス〉を教えろよ」


「難しいかな。僕、この街にはあと1週間くらいしかいないから」


「……ちなみに習得にはどのくらい時間がかかるの?」


 クレアの質問に「僕は3ヶ月以上かかったよ」と返す。

 実際、難しいのだ。


「それでも3ヶ月なのか? 練習法とかあるなら知りてえんだが」


「そうね。ひとりで練習できる方法とかない?」


 ふたりが食い下がるので一応、簡単に説明はしておく。

 水属性の〈クリーン〉と違い、〈クレンリネス〉は光属性と水属性の複合魔術であること。

 習得方法自体は〈クリーン〉に光属性を混ぜ込むイメージでいいのだけど、複数の属性を同時に扱うのがそもそも高等技術だ。


 ふたりはこの説明の時点で習得を半ば諦めていた。


「ふたつの属性を同時にって……そんなことできるのかよ」


「できなきゃ習得は無理ってことなんでしょ。マシューは凄いね」


 【生活魔法Lv1】だけじゃ確かに難しいだろうな、とは思っていた。

 僕はまだステータスを開けないけど、魔術師だった父から叩き込まれた様々な技術がある。

 ステータスが絶対ではない、と言うのは容易いが、普通はそんなに恵まれた環境にはないのだ。

 まして孤児であるふたりには難しい話になる。


 僕らは「また明日」と言って、解散した。




 宿に戻る頃には日が暮れていた。

 食堂には明かりが灯されている。

 僕は自身に〈クレンリネス〉をかけて、夕食を頂くことにした。

 今日のメニューは挽き肉のパスタとスープだ。

 通りがかったミアが僕を見つけて話しかけてきた。


「ナアナはちゃんとマシューを雇ってくれたかにゃ?」


「はい。お陰様で結構、稼げました」


「それはそうだにゃん。〈クレンリネス〉なんて普通の人は習得できないからにゃ」


「あ、そうだ。宿泊は3泊の予定でしたけど、もう少し伸ばせますか」


「もちろんだにゃ。気の済むまでいていいにゃん」


「いえ。身分証明証が発行されて旅立つまでですけど」


「分かっているにゃん」


 ミアは仕事に戻っていった。




 夕食を食べ終えてから自室に戻る。

 1日の売上が銀貨で10枚にもなってしまった。

 路銀を賄うには十分な稼ぎだ。

 〈ストレージ〉に銀貨と半銀貨をしまって、僕はベッドに横になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る