5.僕まだ10歳になってないんだ。

 早めの昼食を屋台で食べて、宿に戻る。

 暇を持て余しているから何か働き口がないかとミアに聞いてみた。


「身分証明証の発行に1週間もかかるんです。その間、なにか働き口でも探そうかと思うのですが」


「マシューなら〈クレンリネス〉が使えるんにゃろ? なら冒険者ギルドで生活魔法をかけるのを仕事にするのはどうかにゃ?」


「冒険者ギルドで、ですか……」


 子供ながらに冒険者には憧れがある。

 冒険者ごっことか言いながら村の子供たちで雑木林を探検したりしたなあ。

 幼馴染のアガサの泣き顔が頭をぎる。

 いや今そんなことを考えても仕方がないことは分かっているけど。


「冒険者ギルドで生活魔法を、例えば〈クレンリネス〉をかける仕事を既にしている人はいないんですか?」


「いないにゃ。せいぜい〈クリーン〉で衣服や装備、建物の汚れを落とすのがせいぜいにゃん」


「そうですか。じゃあ仕事になりそうですね」


「冒険者ギルドは正門からすぐ近くにあるにゃん。そこの受付にいる猫娘族のナアナにミアからの紹介だって言えば雇って貰えると思うのにゃ」


「ナアナさんですね。分かりました。早速、行ってみます」


 僕はミアにお礼を言ってから、宿を出た。

 正門近くを通ったときに冒険者ギルドの看板は見かけたから、場所は分かる。

 冒険者ギルドは討伐した魔物を運び込む関係上、門から近くにあるのだ。


 僕が冒険者ギルドに入ると、中は閑散としていた。

 きっと冒険者たちは仕事中なのだろう、まだ昼間だからね。

 猫娘族の受付を見つけると、僕は「こんにちは。ナアナさんで合ってますか?」と話しかけた。


「ええ。ウチがナアナだけど」


「僕はマシューといいます。『小鳥の止まり木亭』のミアさんからの紹介なんですけど、生活魔法をかける仕事をしたいのですが」


「ああ、ミアの紹介? ふうん、それで生活魔法だっけ? まあいいけれど」


「ありがとうございます。あの……それで僕、開拓村から出てきたばかりで相場とか仕事の仕方がよく分からないんですけど」


「そうなの。あそこの隅っこに生活魔法をかける子たちが待機しているの。〈クリーン〉なら銅貨1枚が相場ね」


「〈クレンリネス〉だと幾らでしょうか」


「え、やだ、マシューくん〈クレンリネス〉が使えるの!? それなら早く言ってよ!! もうミアったら肝心なことを伝えてくれないんだから!!」


 ナアナはこの場にいないミアに怒りを向けつつ、僕に顔を近づけてきた。


「いい? 〈クレンリネス〉ならひとり銅貨10枚、取っていいわ。ただし〈クリーン〉しか使えない子たちが困らないように、〈クレンリネス〉だけでお願い」


「はい、構いませんけど」


「魔力が尽きたらそう言って、勝手に帰っちゃっていいから。来るときもあの場に勝手に座っていいわ。……それで何回くらい使えるものなの?」


「え、数えたことないです。でも生活魔法だから……数十回くらい?」


「はあ? そんなに使えるの!? だって〈クレンリネス〉って凄く難しい魔法でしょう!?」


「でも生活魔法ですから。習得は難しかったですけど、消費魔力は然程じゃないんです」


「うーん……それはちょっと他の子たちが困りそうね」


「さっきから他に生活魔法で仕事をしている子供がいるような口ぶりですけど……」


「ああ、うん。見て。この街で暮らす生活魔法が使える孤児の子はああやって生活費を稼いでいるの」


 見れば、確かに女の子がひとり、待機場に座っている。

 特別にみすぼらしい格好をしてはいないから、孤児だとは分からなかったけど。


「今はひとりだけだけど、夕方の時間帯になるともうひとり男の子が来るわね。ふたりとも〈クリーン〉をかけて銅貨を稼いでいるの」


「僕が10倍の値段で〈クレンリネス〉をかけるのは問題なんですか?」


「そりゃね。うーんちょっと値段を釣り上げましょう。半銀貨1枚。これで〈クレンリネス〉をかけてもらうことにするわ」


 一気に銅貨50枚の稼ぎになってしまった。

 たった一度の〈クレンリネス〉でそれは暴利じゃないだろうか?


「そんな顔しないでよ。あまり安いとあの子たちの稼ぎを全部、持っていきかねないのよ。〈クリーン〉で落とせる汚れは衣服と装備だけだもの。〈クレンリネス〉は衣服と装備に加えて身体も綺麗にできるでしょう? 冒険者ってお金がないから、お風呂代が浮くことを考えたら銅貨10枚は平気で出すわ。回数制限があったら早いもの勝ちで良かったんだけど、数十人に使えるならここの冒険者たち全員があなたに支払うわよ」


「そうなんですね」


 冒険者ってそんなに儲からないのか、ちょっと夢が壊れるなあ。

 冒険者といえば、強い魔物を討伐したりダンジョンに潜ってお宝で一攫千金を狙うものだと勝手に思っていたけど、実際のところは違うのだろうか。


「まあとにかく相場はいま言った通り、半銀貨1枚で〈クレンリネス〉ひとり1回分ね。待っててね……」


 ナアナは大きめの木片に『〈クレンリネス〉半銀貨1枚』と書いたものを用意して、僕に渡してくれた。


「値引き交渉には応じちゃ駄目だからね。じゃあこれ持って、クレアちゃんのところへ行って挨拶でもしてきて。あ、いま待機場に座っている子の名前ね、クレアちゃん」


「はい」


 僕は木片でできた看板を手に、待機場へ向かう。


「こんにちは。僕はマシューです。ここの新入りです。よろしくお願いします」


「新入り? 孤児院の子じゃないのに? ……私はクレア。よろしく」


 クレアは僕の持っている木片に何気なく目をやり、そして「え!?」と声をあげた。


「ちょっと、マシューだっけ? あなた〈クレンリネス〉が使えるの!?」


「うん」


「うんって……凄く難しいって聞いたことがあるけど……半銀貨1枚も貰えるの!?」


「そうだよ」


「う……いいなあ。〈クリーン〉じゃ銅貨1枚しか稼げないのに。何回くらい使えるの?」


「……何十回でも使えるけど」


「嘘。だって……」


「生活魔法だよ? 習得が難しいだけで、消費魔力は少ないんだ」


「そんな。ねえ他にも生活魔法は使えるの?」


「うん。生活魔法なら多分、全部習得していると思うけど」


「凄い。ねえじゃあ生活魔法のスキルレベルはいくつあるの?」


「ごめん、僕まだ10歳になってないんだ」


「え?」


 クレアはキョトンとした目で僕を見た。


 10歳になると誰にでも与えられるステータスとギフト。

 それらがない内は半人前未満なのだ。

 僕もそろそろ10歳になると思うのだけど、9歳との差は大きいのだ。


「じゃあなに。マシューは私より年下でステータスもないのに〈クレンリネス〉が使えるんだ」


「そうなるね」


「……ズルいなあ。私なんてステータスでようやく【生活魔法Lv1】が手に入って、こうしてお金を稼げるようになったのに。マシューの家は魔術師の家系なの?」


「お父さんが魔術師だった。もう亡くなったけど」


「そっかあ。じゃあ他にも魔術が使えたりする?」


「まあね。さすがにステータスがないから半人前の魔術師だけど」


「十分だよ……神様からステータスが与えられたら、凄い魔術師になりそうだね」


「そうだといいけど」


 僕とクレアは雑談をしながら、冒険者たちが仕事から戻って来る夕方まで時間を潰した。

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