66.しかし不幸だったことはありません。

 ゴードヴェルは問うてくる。


「マシュー、君の父親の名を教えてくれ」


 秘密に触れられるとは思わなかった。

 限られた者の中にゴードヴェルは入っていない。

 如何にこの国で最高位の魔術師であっても、知る必要のないことだからだ。

 知るべき立場にないが故に、知らされていなかった。

 だというのに、何故バレた?


 言葉に詰まっている僕の代わりにクレイグが「どこで気づかれたのです?」と身を乗り出す。

 ゴードヴェルはチラリと視線をクレイグにやり、再び僕を見た。


「見紛うことなどありえない。私は魔術師団の副団長時代に、幼いエーヴァルト様の魔術の自主訓練に付き合っていたのだ。あの方は本当に魔術を愛していた。その面影をマシューに見出したに過ぎん」


 クレイグが舌打ちする。

 そんな過去のことまで知るよしもあるまい。

 しかしどうしようもない、ゴードヴェルは確信を持っているし、クレイグもそうと気づいて問うてしまった。

 ならば僕も認めざるを得まい。


「僕の父の名は、お察しの通りです。エーヴァルト・オルスト……この国の第三王子だったらしい人です」


「……らしい? マシュー、君は何も知らされていなかったというのか。いや待て、急逝しただと? 君の父親が? ではエーヴァルト様はもう……」


「はい。父が亡くなり、遺言状にあったクレイグ・アレクシスという名だけを頼りに王都に来たのが2年ほど前になります」


「ああ、なんということだ……」


 片手で顔を覆うゴードヴェル。

 しばしそのままの姿勢でいたが、やがて手をどけてクレイグに恨みがましい目を向けた。


「エーヴァルト様を行方知れずにしたのは確かクレイグ・アレクシス、貴様だったな。私はあの方は今もどこかで幸せに暮らしているのだと思っていたのだ。しかし2年以上も前に亡くなっていただと?」


「…………私としましても、親友の死には驚かされました。行方をくらませた後のことは、すべてふたりに任せて何も知らずにいたのです」


「クソ、なんということだ。ではシャロニカマンサがマシューを生み落として去った後は? エーヴァルト様がおひとりで育てたのか? 誰の手も借りずに?」


「そうなります」


「なんという……侍従もなく騎士も付けず、どんな生活をなされたのだ。苦労しただろうに……」


 奥歯を噛み締めながら怨嗟を上げる。

 しかし僕は断固としてその言葉を止めねばならなかった。


「苦労はしたでしょう。しかし不幸だったことはありません。父は、いつも僕をまっすぐに育ててくださいました。守ってくださいました。それは否定させません」


 ゴードヴェルが僕を悲しそうな目で見て。

 そして「そうだな。そうであろう、あの方は優しい方だった」と言った。


「聞かせて欲しい。王族は既にご存知なのだろう? 私をマシューの、マシュー様の秘密を知る者に加えてくれ」


 ゴードヴェルは絞り出すように、告げたのだった。




 急遽、王族に連絡を取るハメになった。

 まず事情を知っている近衛騎士セイデリアを呼び出した。

 幸い彼女は勤務中であり、すぐに僕たちのいる部屋まで来てくれた。

 そしてすぐに連絡がつけられてここに来られる王族を呼んで欲しい、と頼んだ。

 セイデリアは何も問わずにゴードヴェルが秘密を知ったのだろうと判断できたのだろう、「すぐに」とだけ言い残して王族を呼びに行った。


 やがてやって来たのは第二王子のケイグバジルだ。


「すまない。陛下か兄上が適任だっただろうが、会議中で外せなかった。俺で構わんだろうか?」


「もちろんです。こちらのゴードヴェル様がマシュー様の正体に気づいてしまいました。そして秘密を知る者の中に加えて欲しいとお望みです」


 クレイグが事情を軽く説明した。

 ケイグバジルは僕たちの側のソファに座り、ゴードヴェルを真っ直ぐに見つめた。


「ゴードヴェル卿。君は秘密を知ったようだな。そして俺たちの仲間に加えろと要求しているようだが」


「はい。私は魔術師団の副長時代、エーヴァルト様が幼少のみぎりに魔術の自主鍛錬に付き合っていたことがあるのです。マシュー様にエーヴァルト様の面影を見出し、正体に気づきました。どうか私をマシュー様を守る一員に加えて頂ければ幸いです」


「それは知らなかったな。そうか、気付いたなら仕方がない。ゴードヴェル卿が望まずとも仲間に加わってもらう。それ以外の道などないぞ」


「はっ。この命に変えましても秘密は口外いたしません」


「よかろう。ならば君は今日、今このときから俺たちの仲間。マシューを守るひとりとなった。秘密を共有しよう」


 そして僕が王都に来た経緯から説明し、魔導院を卒業と同時に王族として立つことが説明された。


「そうでしたか。マシュー様は【精霊王の加護】までもお持ちだったのですね」


「今はまだ王族ではないゆえ、精霊王との契約や聖地については知らせていない。契約や聖地の存在については陛下が口を大いに滑らかにしたため知られているがな」


「くっ、目に浮かびますな。2年前といえばウォルマナンド様のお子様へ面会依頼が通らぬと愚痴を言っていた時期でしょう。初孫が現れては口も軽くなりましょう」


「まあそういうことだ。今のところ卿がすることはない。俺たちが望むのは、ただ秘密を厳守し見守ることのみだ」


「万事かしこまりました。このゴードヴェル・イーヴァルディ、マシュー様のことを見守ると誓います」


「よし。話は終わったな? しかし俺がこの部屋に入ってくるところは卿の侍従と護衛騎士に見られている。誤魔化せるか?」


「秘密には誰も近づけさせませぬ。そうですな、ケイグバジル様は私がマシュー様をイーヴァルディの養子にとクレイグ伯爵に望み、断りきれずに困り果てたクレイグ伯爵が仲裁を望んだ末に王族を呼び出したことにしては如何か」


「ふむ……例の論文の話か。マシューの才能に惚れ込んで自分で抱え込みたくなった、そういう筋書きだな?」


「はい。それが妥当ではないでしょうか」


「いいだろう。では仲裁は成った。俺はもう戻るが、大丈夫か?」


 ケイグバジルはクレイグに確認を取る。

 クレイグは「は。もう大丈夫です」と答えた。


 ソファから立ち上がり、ケイグバジルは「ではもうこのようなことがないように」とわざと大きな声で告げてから、部屋から出ていった。

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