19.そんなことより何か凄いことを言われたぞ。

 王都近辺の治安の良さは地方とは大違いで、僕とユーリとルカは3人で旅路を歩んだ。

 そして遂に、僕たちは王都を目の前にしていた。


「うわあ、大きいね。街壁も高いけど、それ以上にお城が大きい」


「俺たちも初めての王都だが、実物は凄いな」


「それにしても人の列が長いね。これが王都かあ」


 そう僕たちは正門で行儀よく並んでいる最中なのだ。

 身分証明証のチェックに時間は然程かからないだろうから、単純に人や物が多いのだろう。

 僕たちのような身分証明証のチェックだけで通れるのならばここまで時間はかからない。

 時間がかかっているのは、大きな幌馬車に荷物を満載した商人たちのチェックだ。

 王都に危険な物品の持ち込みなどはないか、入念に調べているのだろう。


 結局、1時間も並んでようやく僕たちは王都の正門をくぐることができた。




 クレイグ・アレクシスという人物については、冒険者ギルドで聞き込みをしたらすぐに分かった。

 以前、イーヴァルディ侯爵家のお嬢様であるウルザの言った通り、アレクシス伯爵家の当主であるそうだ。

 魔導院という学校の教授をしているという話も、その通りだった。


 伯爵家ともなれば王城からほど近い貴族街に居を構えている。

 貴族の屋敷だらけのところへ突入するのはなかなかに勇気がいるが、父の遺言を果たすためならば行かなければならない。

 幸いユーリとルカが一緒に来てくれることになった。

 ユーリ曰く「ちゃんとマシューが目的地に着いたかどうかを確認しなきゃ、仕事は終わりじゃねえからな」とのこと。

 心強い味方だ。


 王都までの護衛、という契約だったが僕がアレクシス伯爵家に到着できたかまで確認してくれるのは、仕事のためだけではないだろう。

 単純に僕たちはまだ別れるのが寂しいと感じていたのだ。

 冒険者ギルドに到着して「はい、依頼は完了」とならなかったのは、ユーリとルカが僕との別れを惜しんでくれているからだと思う。

 もちろん単純に僕のことが心配だという面もあるだろうけど。


 かくして僕たちは貴族街にあるアレクシス伯爵家の前に立っていた。

 周囲の屋敷はどれも大きな庭がついた立派なものばかりで、アレクシス伯爵家もご多分に漏れず門の向こうには広々とした庭が、そして奥に広そうな屋敷が見える。

 そして胡乱げな目で僕たちを監視する門衛に、僕は話しかけた。


「あの、ここがクレイグ・アレクシス様のお屋敷で間違いないでしょうか?」


「……坊やは何の用でここに?」


「父の遺言に従い、会いにやって来ました。これが紹介状になります」


 僕は父の遺言の中にあった紹介状を差し出した。

 門衛の青年はそれを丁寧に受け取り、表裏を確認して、「確かに」とだけ告げた。


「では中に案内する。それでそちらのふたりは?」


「あ、ここまで僕を護衛してくれた冒険者です。ふたりも中に入れますか?」


「……問題ない。屋敷へ案内しよう」


 とりあえずは第一関門を突破した。

 僕たち3人は門衛についていき、庭を突っ切って屋敷へと進む。

 そして門衛が屋敷の入り口で侍従の女性に何事か告げると、しばらくして初老の男性がやって来た。


「紹介状があると聞いていますが」


「はい。偽物ではないかと思います。ご確認を」


「……なるほど。確かにこれは本物ですな」


 初老の男性は門衛を下がらせ、僕たちに向き直った。


「ようこそ客人の方々。私はアレクシス伯爵家の家宰を務めておりますライアランと申します。この紹介状はどなたのものでしょう?」


「あ、僕です。マシューといいます」


「マシュー様ですね。後ろのおふたりは護衛でしょうか?」


「そうです。冒険者のユーリとルカです。王都まで護衛してくれた冒険者です」


「かしこまりました。では応接室にてしばしお待ちくださいませ。当家の主であるクレイグ様は本日、書斎にいらっしゃいますので、そうお待たせすることにはならないかと存じます」


「は、はい。よろしくお願いします」


「ではこちらへ――」


 僕たちは屋敷へ入った。

 伯爵家の屋敷ともなると、今まで泊まったことのあるどの宿屋よりも床や壁がピカピカで、綺麗にされている。

 貴族の家ならば毎日〈クリーン〉をかける人を雇っていてもおかしくはない。

 僕たちは応接室という立派なソファとテーブルのある部屋に通された。


「お茶をお持ちします。当主クレイグ様がいらすまで、しばらくお待ち下さい」


「はい」


「…………どうされましたか?」


「あ、いえ。こんな綺麗なソファに座っていいものかと」


「どうぞ腰掛けてください。そのためのソファですので」


「は、はい」


 ソファの座面はフカフカしていて、とても僕が今まで座ってきたどの椅子よりも高級で質が高いもので間違いはなかった。

 ユーリとルカは護衛という体裁を守るためか、ソファには座らず僕の背後に立ってくれる。

 しばらくすると、若い侍女がお茶を持ってきてくれた。

 ちゃんと3人分ある。


「ユーリとルカも座ったら? 立ったままじゃお茶も飲めないよ?」


「いや。俺たちは護衛の立場を崩さない方がいいだろう。護衛なのだから、一緒にソファに座るわけにはいかない」


「そうだよマシューくん。貴族の前だからね。私たち冒険者はこういうときどういう風に振る舞うか、ちゃんと講習で学んでいるんだよ」


「そうなの?」


 ふたりがそう言うのならば仕方がない。

 僕はお茶を飲んでみることにした。

 ほんのりと甘いお茶は、凄く高級感のあるものだった。

 いや多分、実際に高級なお茶なのだと思われる。


 そして割りと待たずに、その人物は現れた。


 家宰のライアランを従えてやって来たのは、肩口まである黒髪をなびかせながら入ってきた。

 そして無言で僕の対面のソファに無造作に腰掛ける。


「エーヴァルトの息子というのは、お前か?」


「え? は、はい。父の息子です。マシューといいます」


「そうか。紹介状は読んだ。冒険者を護衛に付けてわざわざ当家にやって来た目的はなんだ?」


「父が亡くなりまして、それで遺言に従ってここまで来ました。自分に何かあったら王都のクレイグ・アレクシスという人を頼れと……」


「エーヴァルトが死んだのか!?」


「え、は、はい」


「くそ。マシューと言ったな。今、何歳だ?」


「先だって10歳になりました」


「それでエーヴァルトからはどこまで聞いている?」


「えっと、クレイグ・アレクシス様は青春時代を共に過ごした親友だとか」


「そうじゃない。自分のことについてだ」


「え、僕ですか?」


「…………」


「特には。魔術師として育ててもらいましたが……何か特別なことは何も」


「…………」


 クレイグは床に向けて盛大にため息を吐いてから、僕をまっすぐに見つめる。


「まずはご尊父であるエーヴァルトの死に哀悼の意を示す。その上で」


「は、はい」


「……あの馬鹿め。何も息子に知らせずに逝くとは何事か。ああ面倒なことになった」


「は、はい?」


 クレイグ・アレクシスは家宰のライアランに人払いを頼んだ。

 侍従を下がらせて、応接室の扉を固く閉ざしたのだ。

 扉の前にはライアランが立つ。


「マシュー。お前、自分の力に関して、どこまで後ろの護衛に話している?」


「ええと……」


「包み隠さず、すべて思い出して話せ。どんな細かいこともだ」


「は、はい。えっと、まず〈クレンリネス〉が使えることと」


「…………」


「八属性すべての魔法が使えることと」


「ああもういい。分かった。十分だ」


「え?」


 クレイグは眉間に皺を寄せて「平民は知らぬのだろうな」と呟いた。


「結論から言おう。マシュー、お前の父であるエーヴァルトはこの国の王族だ」


「…………え?」


「そして八属性が使えるということはふたつ目のギフト、【精霊王の加護】を得ているな? それは王族の証でもある。つまりお前もこの国の王族の一員であるということになる」


「……………………えええ?」


 背筋が冷たくなる。

 ふたつ目のギフトのことを知っている?

 いや、そんなことより何か凄いことを言われたぞ。


 父が王族の一員で、僕もまた王族の一員……ってなんだよそれ!!?

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