20.僕は自分の心臓の音が聞こえる気がした。
背後でユーリとルカが息を呑んでいるのが分かる。
僕は自分の心臓の音が聞こえる気がした。
「マシュー。知らなかったから仕方がないが、後ろのふたりはもう冒険者には戻れんぞ」
「ええ!? なんでですか!?」
「お前の近侍として取り立てる。マシューが八属性を使えることを知ってしまった以上、放置はできんからな」
「そ、そんな……僕の近侍? ええと本当に僕は王族なのでしょうか?」
「本当だ。故に身辺警護に人手が必要になる。事情を知っているのなら丁度いい。そこのふたり、冒険者は辞めてもらうが、いいな?」
クレイグの刺すような視線に、背後のユーリとルカが硬直している。
「まあどのみち選択肢はない。今はともかくエーヴァルトが息子に何も話すことなくこの世を去ったことを呪わなければならん」
苛立ちを隠さずにクレイグはそう告げた。
「……さて、どこから話すか。エーヴァルトはこの国の第三王子だった。上に兄がふたりいる。下に妹がひとり。どちらかと言えば自由な立場だ。王族としては、だが」
「父に兄と妹が……?」
「そうお前の親戚だな。まあそれはどうでもいいか。で、エーヴァルトは魔術に傾倒していたから、魔導院に入学した。そこで俺と知り合った。同じ魔術馬鹿同士、馬が合ったのでな」
魔導院……それはイーヴァルディ侯爵家のウルザから聞いた魔術の学校だ。
「そこで色々なことがあった。まあ重大なことはひとつか」
「ひとつ?」
「エーヴァルトが隣国からの留学生だったシャロニカマンサと恋仲になったことだ」
「シャロニカマンサ……お母さんですか?」
「そうだ。マシューの母親に当たる。隣国の……何番目の姫君だったかな」
「っ……!?」
え、お母さんも王族なの!?
「ともかくふたりは相思相愛だった。しかし――当時は色々と社会情勢が面倒な時期でな。エーヴァルトとシャロニカマンサの交際は上手くいかない運びになるはずだったのだが……」
「……だが?」
「いまここにお前がいるということは、どういう意味か分かるか? 両国の意向を無視してエーヴァルトとシャロニカマンサは魔導院を去り、行方をくらませた。まあ俺も一枚噛んでいるが。2年ほどか。短い間だったが、お前という赤子が生まれたわけだ」
「…………」
「そしてエーヴァルトは赤子を連れて雲隠れした。そして俺も知らない、どこか遠方の寒村にでも引きこもったのだろう?」
「はい……」
「そして若くして、エーヴァルトは息子であるマシューに様々な事を伝えることなく逝った。ああまったく面倒なことになったな」
ガシガシと髪を掻き上げるクレイグ。
そうか……父が人間嫌いだなんて言って山奥の村に引きこもっていたのは、王族である身分を隠すためだったのか。
「あのう、それで僕はこれからどうすればいいんでしょうか?」
「そうだなあ。どうしたもんかなあ」
「ええ……」
天を仰ぐクレイグは、口から魂が抜け出そうなほど放心していた。
いや放心しているように見えるが、あれは頭の中が高速回転しているのだろう。
きっと今、僕の処遇を巡って考えを巡らせているに違いない。
「面倒臭いな。当面、秘密にするべきなのは確かだが」
「僕が王族であることは秘密なんですね?」
「ああ。そうだ」
なんとなく安心した。
いきなり「あなたは王族です。今から王族として立派に生きてください」と言われてお城に連れて行かれたらどうしようかと思っていたところだ。
背後に立っているユーリがおずおずと「失礼ながら発言をお許しください」と言った。
「許す。何かあれば言え」
「あの、話は分かりました。しかしマシューが王族であることを隠すことはできるのですか?」
「……八属性を扱えることを知っている者は他にいるのか?」
「どうだ、マシュー。俺たち以外に誰かに話したか?」
「い、いいえ。僕が八属性を使えることを知っているのはユーリとルカだけです。そもそもお父さんも普通に八属性全部使えていたので、そんなに珍しいこととは思っていなくて……」
その言葉にクレイグが「ああん?」とキレ気味に唸った。
「そんな基本的なことを教えていなかったとはな。まったく……」
確かにそうだ。
しかし父が迂闊だったとは思いたくはない。
まさか父自身もこんな形で急逝するとは思っていなかったのではなかろうか。
「あ、でも八属性はどちらかと言えば苦手で……時空魔法の方が得意なんです。ただ時空魔法の使い手は希少だから秘密にしろと言われました」
「それは絶対に外で言うなよ?」
「え? はい、言いませんよ。後ろのふたりにだって秘密にしてきたんですから」
「ふン? まあエーヴァルトも後々には教えるつもりだったのかもしれんが……しかし厄介だな」
「何がでしょうか?」
「八属性魔法より時空魔法が得意だと言ったな? それはマズい。隣国の王族の血筋の現れだからだ。隣国の王族は時空魔法が得意で知られているからな」
「そっか……母さんの血筋のお陰だったんですね」
「シャロニカマンサについてはどう聞いている?」
「僕が生まれてすぐに亡くなった、と」
「ほう。そう説明していたか。間違っているぞ。シャロニカマンサは生きている」
「…………え?」
「生きているどころか、今や隣国の女王だ。マシューを見つけたら自国に攫って後継者として
「そんな!? なんで母さんがそんなことを!?」
っていうかあれ?
確か母は隣国の何番目かの姫だとか言ってなかったっけ。
「どうしてお母さんが女王になっているんです? 他の隣国の王族はどうしたんですか」
「当時の社会情勢が悪い、と言っただろう。あれは隣国が他国と戦争状態にあったからだ。シャロニカマンサの留学は言わば我が国に避難するためのものだった。……結果、隣国は戦争で多くの王族を失い、シャロニカマンサが故郷に戻ったときには、まともに玉座に座れるのは彼女くらいしかいなかったのだ」
「そ、それでお母さんが女王に……」
「そうだ。自分の跡継ぎがここにいると知ったら、手段を選ばずに攫うだろうな」
「そんな……どうして? お母さんが会いたいと言うなら、僕は会いたいです」
クレイグは真顔になって「辞めておけ」と言った。
「シャロニカマンサは生粋の王族だ。女王である以上は国益が最優先。息子の存在は強力な政治の手札の一枚になるだろう。もちろん母親としての愛情は持ち合わせているだろうが、当人の意思や感情とは関係なく女王としての立場を優先するだろう」
「よく分かりません。お父さんが亡くなってお母さんが生きているなら、僕はお母さんの元へ行くべきなのでは?」
「それは困るな。我が国の王族の血統を他国に持ち出すことなかれ。【精霊王の加護】を持つマシューが隣国の女王の後継者になるなど、この国にとっては悪夢に等しい。お前、暗殺されるぞ」
「…………!?」
「これは脅しじゃない。そうしかねないほど、この国の王族の血筋は大切にされているのだ。だからマシュー。お前は密かにこの国の王族と繋がりを持ち、王族として相応しいだけの教育を受け、ゆくゆくはこの国の王族のひとりとして立つのだ」
「でも、そんな……」
「シャロニカマンサとはこの国の王族となった後に会えばいい。もちろん隣国に行くことは決してできぬが、国境で母親の顔くらいは見れるだろう」
クレイグはグッと身体を近づけながら僕を睨めつけた。
「いいかマシュー。お前は何も知らなさ過ぎる。くれぐれも自分勝手な行動は慎め。いいか、近い内に秘密裏に王城に上げる。そこでお前の祖父である現国王陛下と、ふたりの伯父に会え。まずはそこからだ」
怖い顔のクレイグに、僕は頷くしか無かった。
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