21.まったく馬鹿げたスキルである。

 王都に来てから時間の流れが早い気がする。

 アレクシス伯爵家に逗留するようになってから、まず最初に礼儀作法の教育を受けることになった。

 ユーリとルカは依頼を完遂した旨を冒険者ギルドに届け出て報酬を受け取ってから、そのまま僕の近侍という立場になり、伯爵家に仕える騎士たちと一緒に訓練をしている。

 ふたりを巻き込んだことは誠に申し訳ないのだけど、その謝罪は文句も言われずに笑って流された。


 ユーリ曰く「王族の近侍なんてなろうと思ってなれるもんじゃねえから気にすんな」だとか。

 ルカも「マシューくんひとりにする方が心配だよもう。そもそも私たちに選択肢ないしね」と苦笑。


 うん、選択肢は本当になかった。

 多分、近侍にならないと僕の秘密を知るふたりはクレイグに殺される羽目になっていただろうから。

 ……いや本当に申し訳ない。


 さて当の僕はといえば、礼儀作法の習得に丸一日を使わされてヘトヘトになる毎日を過ごしていた。

 ただクレイグも鬼じゃないというか、クレイグ自身が魔術狂いなのだろう、たまに魔術の指導をしてくれる日もあった。

 礼儀作法の息抜きに魔術の訓練。

 魔導院の教授直々の教えだ、願ってもないことだけど、……休みが切実に欲しい。


 ちなみにクレイグには隠し事はなし、ということで僕のステータスについて包み隠さず話した。

 【合成術】と【分解術】についても話したが、クレイグが悪い笑みを浮かべていたのが気になるところだ。

 もちろんギフトの【聖獣召喚】も見せた。

 白猫のソフィアを見て「ほう、猫の王か……」と満足げだったのもやっぱり気になる。


 ちなみに現状についてはソフィアにも理解しておいて欲しかったので、一通りの説明はした。

 ソフィアは「委細承知した。マシューが【精霊王の加護】を賜っているのは契約時に見知っていたから今更だ」と言われてしまった。

 その上で「クレイグ・アレクシスの言い分はもっともだ。今はあやつの言う通りに教育を受けるのが良いだろう」とも言っていた。

 どうやらソフィアは人間社会にも詳しいらしく、「主の母君が女王をしている国には今は近づかない方が良い。あの国はいま少々、荒れている。主が顔を出したらロクなことにはならない」とまで言ってのけたのだ。

 母の国が荒れているのはどういうことか、と問うたのだけど「それを知っても主にはどうすることもできない。心労の種を増やしてやる趣味はない」とすげなく回答を断られた。

 ……かえって気になるんだけど。


 さて今の僕の立場だけど、公にはクレイグに魔術の才能を見出されて後援されているという設定らしい。

 将来的には魔導院に通わせて貰うことになっている。

 魔術師として一人前になるのは僕の変わらぬ目標だから、それは素直に嬉しい。

 クレイグ曰く「魔導院には貴族・平民を問わず優秀な人物が多数いる場所だ。人脈を広げて来い。もちろん魔術の腕前も磨いておけ」と言われている。

 人脈の広げ方とか言われてもチンプンカンプンだけどね。




 今日は礼儀作法の勉強がお休みの日だ。

 つまりクレイグが魔術の指南をしてくれる日ということになる。

 僕は侍女たちに着替えを任せていた。

 自分で着替えられるけど、王族となったらそうもいかないのだとかいう理由で、僕は他人に着替えさせられている。

 着せられている衣服も上等なもので、僕のために新しく誂えたものばかりだ。


「はい坊っちゃん、終わりましたよ」


「ありがとう」


 僕の着替えをしてくれた侍女数名を取りまとめている中年の侍女に礼を言う。


「それで、今日はどこへ行けばいいのかな?」


「はい。本日は錬金術を見る、とのことなので工房にいらっしゃるように、とのことです。カーレア、案内を頼みましたよ」


 スッと一歩進み出たのは、僕と同じくらいの年頃の侍女だ。


「はい。マシュー様、ご案内しますね」


「うんよろしく、カーレア」


 侍女たちがそれぞれの仕事へ戻っていく。

 カーレアはそれを見送り、「では工房にご案内いたします」と告げた。

 僕はカーレアについていく。

 このアレクシス伯爵家の広い屋敷のことはまだよく分かっていないので、案内がないとどこへ行けばいいのか分からない。

 工房、と言っていたから屋敷内に錬金術などの工房があるのだろうけど、そんなものがあるだなんてさすがだ。

 できるだけ自分で道を覚えようとしたけど、まだ屋敷の一部しか立ち入ったことのない僕ではそれもままならなかった。

 記憶力は悪くないと思うんだけどなあ。


 カーレアが歩みを止める。


「こちらが当家の工房になります」


「ありがとう」


 扉をカーレアに開けさせて、僕は中に入る。

 凄いな、というのが第一印象だ。

 錬金術に必要だと思われる工具一式が揃っているのは当然として、広々としていて数名が使っても余裕がありそうだった。


 クレイグはテーブルのひとつに幾つかの薬草を分類して待ち受けていた。


「来たか。マシューはこちらへ。カーレア、君は扉の前で待機だ。呼ぶ以外では誰も入れてはならない。いいな?」


「かしこまりました」


 カーレアが工房を出て、扉を閉めた。

 クレイグとふたりきりになるのはこれが初めてではない。

 大抵の場合、クレイグとふたりきりになると僕の出自の秘密や王族のもつ精霊王の加護の話になったりする。

 ちょっとだけ内心で身構えながら、クレイグの対面にある椅子に腰掛けた。

 クレイグは口の端を上げて目を細めた。


「どうだ、屋敷の生活にはそろそろ慣れたか」


「いえ……着替えを他人に任せるのはちょっと恥ずかしいです」


「そうか。いずれ慣れる。カーレアのことはどう思う」


「え? ええと、いい子に見えますけど……」


 質問の意図が分からずに首を傾げた。


「あれはお前の専属にしようと思っている。歳が近い方が何かと便利だろう。それとも少しくらい年上の方が好みか?」


「え? いえ、歳が近い方が話しやすいかもしれませんね」


 スッとクレイグの顔が真顔になる。


「別に話し相手にしろとは言っていない。夜伽を命じるのに、どのような女が好みかと聞いたのだが」


「夜伽……ってなんですか?」


「……夜に添い寝を頼むことをそういう。もちろんただ横で寝てもらうだけでは済ませる必要はない。好きにして良いぞ」


「――――ッ!?」


 顔から火が出た。

 え、なに、王族ってそういうことも侍女に命じるの!?


「い、いらないですよ!!」


「? いらないことはないだろう。お前も男だ。いやまだ10歳になったばかりか。ともあれ必要なことだ」


「だからって……カーレアは嫌がるでしょう!?」


「いや? 命じれば粛々と従うと思うが」


「ふぇ、お、おかしいよぉ……」


 僕の平民としての常識がまたひとつ崩された。

 え、僕が命じたら、そういうこともしちゃうの!?


「まあいい。カーレアに不満があれば言え。無いならそのままにしておく。……さて、今日は【錬金術】の指導だ」


 流れるようにカーレアの話を終えて、授業に入った。

 えええ、どうすればいいの?

 この後、カーレアの顔が見れる気がしない。


「ただ人を排したのにも理由がある。今日は【合成術】が見たくてな」


「ああ、【合成術】ですね。まだ使ったことがないです」


「人目のあるところでは決して使うなよ。遺失したスキルだからな。所有者が現れたとなると色々と周囲が煩いぞ」


「はい」


 なんだか僕、そういうスキルばかり持ってるなあ。

 目の前には薬草の葉が何枚か用意されていた。


「さて薬草から作ったポーションと上薬草から作ったポーションでは、だいたい6倍ほど効果に差がある。まずはそれを踏まえて薬草6枚を【合成術】を使って上薬草1枚に変換してもらおう」


 クレイグが6枚の薬草をこちらに寄越してきた。

 スキルは習得している時点で使い方を把握している。

 両手を6枚の薬草にかざすと、ああこれは行けるな、と直感的に思った。


「では始めます」


「うむ」


「【合成術】」


 ボウ、と6枚の薬草の輪郭が溶けていく。

 そしてひとつとなり、やがて輪郭がハッキリしたと思った時には、上薬草が1枚、テーブルに乗っていた。

 成功だ。

 クレイグは嫌らしい笑みを浮かべていた。


「とんでもないな。効果は6倍だが、値段にはもっと開きがある。薬草を集めて上薬草にするだけで大金持ちだぞ?」


「う、そんなことしませんよ」


「まあそうだな。薬草から作られるポーションは安価ゆえに多くの人が求める。上薬草から作られたハイポーションはそうではないからな。ところで魔力の消費量はどうだった?」


「ええと……ほとんど消費していません」


「ふむ。なるほど。では今度は薬草2枚を上薬草に変換してみろ」


 テーブルに薬草2枚が差し出される。

 できるのか? という疑問がまず先に来た。

 しかしやってみろと言われたのだから試す必要がある。

 僕としてもできるのか気になるところだ。


 両手を薬草2枚にかざす。

 これは……魔力をそれなりに使うけど、可能だ。


「行きます。【合成術】」


 ボウ、と2枚の薬草の輪郭が溶けて1枚の上薬草が出来上がった。

 しかし先ほどとは違い、それなりの魔力を消費した気がする。

 結果を見たクレイグはクツクツと笑った。


「素晴らしいな。足りない分は魔力で補うというわけだ。まったく度し難い。これはこの世のバランスが崩れかねんな」


「やっぱり、凄いんですか?」


「ああ。最初の上薬草を今度は【分解術】で6枚に……いや、2枚にしてみてくれ」


「はい」


 僕は上薬草に両手をかざす。

 出来る、けれどこれは……。


「すみません。2枚にすることはできないみたいです。どうやっても薬草6枚にしか分解できないみたいです」


「ほう。こちらも同じか?」


「やってみます」


 2枚の薬草から作られた上薬草にも両手をかざす。

 うん、駄目だ。


「これも6枚の薬草にしかできません」


「…………ほう」


 これは僕にも分かる。

 たった2枚の薬草から作った上薬草を分解すると、6枚の薬草になるというのだ。

 まったく馬鹿げたスキルである。


 この日は始終、【合成術】と【分解術】の実験をして一日が終わった。

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