77.いずれ地に這いつくばるのは貴様の方だ。

「くっ、ここが切り時か!! 【極大魔術】〈フレイムプロテクション〉!!」


 ゴードヴェルが分厚く巨大な炎無効の膜を貼った。


 後に聞いたところによれば、この【極大魔術】はゴードヴェルのギフトだということだ。

 24時間に1度だけ使用可能なギフトであり、使用と同時に行使した魔術の効力を一時的に高めるというものらしい。

 この極大化された〈フレイムプロテクション〉が、僕たちの命を救った。


 轟音と眩い光、熱波が直撃し、テラスが揺れる。

 グラリと床が傾き、そのままテラスは城がら千切れるようにして地面に落下する。

 足が浮いて空中を藻掻く僕の襟首をクレイグが掴んだ。


「〈レビテーション〉」


 低く抑えられた声で唱えられたクレイグの浮遊魔術で、地面に叩きつけられることは免れた。


「っぐぁ!?」


 しかしゴードヴェルはそうはいかなかった。

 咄嗟に放った極大化〈フレイムプロテクション〉を維持していたため、落下に対応できなかったのだ。

 しかしもし彼が〈フレイムプロテクション〉を解いていたら、ブレスの余波で僕とクレイグ、ゴードヴェル自身は酷いダメージを負っていただろう。


 浮遊の魔術が途切れ、地面に衝突して崩れたテラスの残骸に転がるようにして僕は着地した。

 クレイグの方もまたすぐに着地して体勢を整える。


「来るぞ、マシュー。すぐに立ち上がれ!!」


「は、はい!!」


 上空から竜が降下してくる。

 クレイグが杖を上空へと掲げた。


「〈ライトニングバインド〉」


 雷属性の拘束魔術だ。

 しかし炎竜は怒りの形相で、雷撃の苦痛と拘束を無視して落下するように降りてくる。


 翼が地面付近の空気を叩き、僕たちのすぐ正面にドラゴンが着地する。

 見上げるほどの大きさの竜は、その体躯からしたら小さな腕をクレイグに向けて振り下ろした。


「〈ショートジャンプ〉」


 果たして竜の鉤爪は空を切った。

 クレイグはといえば、炎竜の首の後ろへと瞬間移動している。

 どうやら咄嗟に【時空魔法】で短距離転移して凶爪から逃れたらしい。


 一瞬、クレイグを見失うドラゴン。

 僕はこの隙に準備していたエーテルの鎖を放つことにした。


「〈エーテルチェイン〉!!」


 不可視の鎖が再び炎竜をキツく拘束する。

 そして当然のように、竜は僕の方へと視線を向けてきた。


「貴様が忌々しい“鎖”の術者かッ!!」


 僕の方へと動こうとして、しかし鎖に動作を阻まれた。

 ドラゴンは翼を使って空へと飛ぼうとしたが、やはり鎖が絡みついたままでは空中に移動することすらままならない。


「〈サンダーパイル〉」


 その場に固定された竜の背中を、クレイグの至近距離からの魔術が撃ち抜いた。

 真っ赤な鮮血が噴出する。

 だが返り血を浴びたクレイグは、悶絶するように竜の背中から転げ落ちる。

 炎竜は苦痛に吠えたが、しかし地面に落ちたクレイグを見下ろして勝ち誇ったように嗤った。


「我が体内に流れる灼熱の血を被ったか。人の身には熱すぎるだろう?」


 地面を転げ回るクレイグを足で踏み潰そうとして、しかしエーテルの鎖がそれを阻む。


「忌々しい“鎖”だ。もう一度、解呪してやれば――」


 そのような時間を、僕が与えるとでも?

 腰のショートソードを抜く。


「〈フィジカルブースト〉〈パンプアップ〉〈ウィンドブレイカー〉〈ナーヴアクセル〉〈ラピッドグリーブ〉」


 一気に準備していた魔術の数々を練り上げ、行使した。

 そして一息にドラゴンに接敵し、ショートソードを振るう。


 僕が使う魔術の中で攻撃力が高いものは、広範囲を薙ぎ払うようなものが多い。

 故にこの場面で撃てばクレイグを巻き込んでしまうだろう。

 だからショートソードによる近接戦を挑む。


 幾重にも付与が重なったショートソードは何の抵抗もなく竜の鱗を斬り裂いた。

 血しぶきを躱すように走り抜ける。

 地面に滴り落ちる血がジュウジュウと湯気を上げた。


「おおおおおおおおお――ッ!!」


 声を上げながら竜の首を狙う。

 高い位置にあるが、さしもの炎竜とて首を斬られれば死ぬだろう。

 鎖に囚われ藻掻くドラゴン。

 僕の剣が己を斬ることを知った今、脅威を感じて剣戟から逃れようとする。


 だが無駄。

 エーテルの鎖が捕らえている以上は、いずれ地に這いつくばるのは貴様の方だ。


 ガクリと唐突に竜がその身体を傾ける。

 地面に膝をつくクレイグが、魔術による攻撃で胴体の側面を穿ったのだ。


 これならば炎竜の首に剣が届く。


「これで、終わりだ――――ァ!!」


「やめろ、人間風情がッ!?」


 ドラゴンの抗議を聞き流して、僕の剣は竜の首を断つ。

 灼熱の鮮血が降り注ぐが、僕は走り抜けてそれを躱す。


 どう、と遂に炎竜は倒れ伏した。

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