76.でもエーテルの鎖は健在ですよ?
エーテルの鎖に捕らわれた炎竜は、激しくもがいている。
クレイグとゴードヴェルの放った〈ダイヤモンドダスト〉が効果を発揮しているはずだが、炎竜の肌が凍結しかかると、すぐに凍結部分が蒸発して消失しているのが見て取れる。
どうやら炎属性のみならず氷属性も炎竜には効果が薄いらしい。
当然、その様子はクレイグも見て取っていた。
「よし、捕らえたな? ゴードヴェル、炎と氷は効果が薄いぞ」
「分かっている。――聞け!! 魔導師団!! 私は宮廷魔術師第一席ゴードヴェル・イーヴァルディ!!」
口元に拡声の魔法具を当てたゴードヴェルが、城中に轟く声で叫ぶ。
「敵は炎のドラゴンである!! 炎属性と氷属性は効果が薄い!! 雷属性を中心に攻めるように!! 以上である!!」
魔法具を懐に戻したゴードヴェルは杖を掲げた。
「よし、マシュー様が拘束している間にできる限り攻撃を集中させるぞ」
「ふン。では雷属性を試すとしよう」
ふたりが放つは〈サンダーストーム〉だ。
先ほどまでの〈ダイヤモンドダスト〉を吹き飛ばす勢いで広範囲を雷撃の渦が入り乱れ、ドラゴンを焼く。
怒りに燃える竜の瞳が僕たちを睨みつける。
「――おのれ魔術師どもめ。我が契約者を殺した対価は支払ってもらうぞ!!」
ドラゴンが僕たちに聞こえる音量で言葉を発した。
成竜ともなれば人語を理解するとは聞いていたが、事実のようだ。
僕はエーテルの鎖に力を込める。
炎竜は苦悶の表情を浮かべた。
「ぐあ、なんだこの見えない鎖は?! おのれおのれ、引き千切ってくれるわ!!」
バタバタと翼を揺らしたり、腕を使って鱗に食い込む不可視の鎖を引き千切ろうとするドラゴン。
しかしエーテルでできた鎖の強度を、炎竜の膂力が超えることはなかった。
その間もクレイグとゴードヴェルは〈サンダーストーム〉を撃ち続けており、さしもの竜も鱗と肉が焼かれる始末。
二度目の咆哮は苦痛によるものだった。
そのとき、僕はテラスの下方から大量の魔力を感知した。
上空へ向けて多数の雷の魔術が投射される。
魔術師団が配置についたようだ。
〈ダイヤモンドダスト〉は完全に消えており、竜の周囲は雷の嵐で酷く眩い。
チカチカと光る雷撃の数々が炎竜への直視を阻んでいた。
クレイグとゴードヴェルも同様にドラゴンを視認できなくなっていたようだ。
機嫌の悪そうなクレイグ、魔術師団の働きに満足げなゴードヴェルと対照的である。
クレイグは遮光結界〈ライトシェイダー〉を唱えた。
すると薄闇色の膜でテラスが覆われ、雷光がマシになりドラゴンの様子を見ることができるようになったのだ。
鱗がところどころ黒ずみ、焼けただれている。
両目を閉じ、歯を食いしばる様子は着実にダメージを与えている証左である。
順調だな、と思った僕とは対照的にクレイグは「マズいぞ」と呟く。
「あの炎竜め。鎖を破壊しようとしている」
「え? でもエーテルの鎖は健在ですよ?」
「よく魔力を感知してみろ。内在する魔力を体内で集中させている。恐らくは呪文破りだ」
「〈ワードブレイク〉? 竜の魔力なら確かに……」
通常、魔法を物質化したエーテルより強力な物質はないし、その強靭さは竜の膂力をもってしても破れないものだ。
しかし魔術自体を打ち消す〈ワードブレイク〉は、持続している魔術に接触する必要があるとはいえ、術者の魔力が高ければ下位の魔術師の魔術を打ち消すことができる。
エーテルの鎖は既にドラゴンに食い込んでいるから接触の条件は満たしている。
あとは内在する魔力を集中させて、〈ワードブレイク〉を唱えればいい。
そしてクレイグの読み通りとなった。
「〈ワードブレイク〉」
カッと目を見開くドラゴン。
紅蓮の竜はエーテルの鎖を霧散させて、傷つきつつも健在な翼で大気を打つ。
飛翔の魔法がかかった翼はその巨体を雷撃の嵐から離脱させ、テラスへと肉薄した。
「我に屈辱を与えた罪、許すまじ!!」
「クソ!! マシュー、もう一度だ!!」
クレイグが叫ぶ。
ゴードヴェルは杖をドラゴンに向けて〈ライトニングレイ〉を放った。
しかし魔術師ひとりの雷撃で怯む炎竜ではない。
僕は逸る気を抑え込みつつ、魔術の構築を急ぐ。
しかしドラゴンが大きく口を開いた。
ブレスが来る。
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