75.この距離からブレスを吐くのか!?

 竜は咆哮をあげた。

 見れば分かる、聞けば分かる、怒りの咆哮だ。


「……クレイグ、ドラゴンがこっちに凄い勢いで向かってきているんですが」


「どうやら契約者とは上辺だけでなく心からの交流があったらしい。友を殺されて怒り狂っている、と言ったところか」


「どうするんですか!?」


「好都合だろう。真っ直ぐにこちらに向かってきているならエーテルの鎖で拘束してしまえ。王都に被害が出る前にな」


「っ、それはそうですが……ああもう!!」


 僕は右手をドラゴンに向ける。

 指輪に魔力を通して〈エーテルチェイン〉を構築、準備する。

 射程内に入ったらこれで、と思いきや、ドラゴンは口を大きく開けた。


 ……この距離からブレスを吐くのか!?


 かなり距離があるが、届くというのか。

 僕の〈エーテルチェイン〉の射程にはまだ遠い。

 そもそも王都の外で拘束したらしたで、王城の訓練場に展開している魔術師団の攻撃が届かないだろう。

 理想は王城の敷地内の直上。

 まだ遠い。


 内心で焦る僕の前に、ふたりの大人が立った。

 ひとりは魔導院の教授にして国内有数の戦闘魔術師クレイグ・アレクシス。

 もうひとりは宮廷魔術師第一席のゴードヴェル・イーヴァルディだ。

 ふたりは示し合わせたように、ひとつの魔術を展開した。


「「〈フレイムプロテクション〉」」


 それは炎属性と光属性の複合魔術。

 炎属性からの完全防護魔術だ。

 ふたりが展開する巨大な半球状の防護膜がテラスを包む。


 そしてドラゴンのブレスが放たれた。


 吐息というにはあまりにも収束されて整った砲撃である。

 真っ直ぐにテラスに直撃し、防護膜に防がれる。

 しかし熱と衝撃は激しい揺れと光を放って僕の五感を揺さぶる。


 クレイグが舌打ちした。


「この威力は500年程度の成竜ではないぞ。1000年は生きている竜ではないのか?」


 ゴードヴェルもまた眉間に皺を寄せていた。


「まさしく。あのような炎竜と契約しているとは……敵国ながらおそるべき逸材がいたものだ」


 ようやく光に焼かれた視力と轟音にやられた聴覚が戻ってきた。

 テラスはふたりの魔術で綺麗に残っているが、その周辺は酷い有様だ。

 熱と衝撃で防護膜の外側はボロボロに崩れており、余波だけでも王城の一部を損壊せしめたのである。

 僕は思わず室内に視線を向けた。


 そこには【守護結界】に守られたルカとユーリ、結界の後ろに回ってブレスの余波を凌いだゴードヴェルの護衛騎士らが無事でいた。


「おい、よそ見をするな。来ているぞ」


「え?」


 クレイグの言葉に正面を向けば、一気に距離を詰めているドラゴンがいた。

 王都に侵入されている、王城まで肉薄されていたのだ。

 マズい。

 もう一度、〈エーテルチェイン〉を構築しなければ。


 クレイグが「時間を稼がねばならんか。まったく世話の焼ける」といいつつ、素早く〈ダイヤモンドダスト〉を繰り出した。

 ゴードヴェルもそれを見てから〈ダイヤモンドダスト〉を重ねた。

 白く輝く大気に炎竜が飲まれる。


 よし、構築完了。


 ふたりが稼いだ少しの時間があれば十分だ。

 僕はドラゴン目掛けて古の昔に失われた拘束魔術を放つ。


「〈エーテルチェイン〉!!」


 不可視の鎖は、果たしてドラゴンを捕らえた。

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