74.そして何故かクレイグもその場にいた。

 夕食をご馳走になってから、僕はユーリとルカを連れてテラスへと向かった。

 侍女のカーレアは城の厨房で夜食の準備を手伝うことになっている。

 さすがに竜との戦いの場にカーレアを連れて行くわけにはいかなかったのだ。


 僕がテラスに赴くと、既に宮廷魔術師第一席のゴードヴェル・イーヴァルディが待っていた。

 そして何故かクレイグもその場にいた。


「こんばんは。クレイグの持ち場はここになったのですか?」


「ああ。お前のいるこの位置が最も危険で最も竜と戦うのに適しているからな」


 宮廷魔術師ゴードヴェルがくつくつと笑った。


「クレイグめは本来、アレクシス邸が持ち場だったのだが、急遽ここに持ち場を変えたのだ」


「ゴードヴェル卿、余計なことは……」


「くく……マシュー様が心配でこちらに来たのであろう? そなたもなかなかに面倒見がいいではないか」


「…………」


 クレイグが眉を寄せる。

 舌打ちをしながら、クレイグは一本の杖を僕に差し出した。


「学生の玩具ではないぞ。今日は実戦の場だ。相応しいものを使え」


「あー、その……」


「うん? その指輪は……既に王族から貰い受けていたか」


「はい。ご好意を無下にするようで申し訳ないのですが」


「性能は如何ほどだ? 見たところかなりの魔力を秘めているようだが」


「聞いたところによれば、【魔力制御】がふたつほどレベルアップするそうです」


「……古代魔法文明時代のものか。国宝だな」


「はい」


「なるほど。ならばこの杖は不要だな」


「あ、いえ。できればその杖も貰えるなら貰いたいです。この指輪は強力ですが、希少すぎていざというときにも出しづらいかと思いますので」


「…………まあそうだな。出所を聞かれて困るものではあるか。ならばこの杖もくれてやる」


「ありがたく頂戴します」


 手にとって振ってみる。

 身の丈ほどの杖は手によく馴染んだ。

 しかし杖は複数所持しても効果はどちらかしか使えないので、2本持っていても仕方がない。

 ともあれ〈ストレージ〉に収納する前に「この杖の効果はどのようなものでしょうか?」とクレイグに問うておく。


「なに。【魔力制御】のレベルがひとつ程度しか上昇しない品だ」


「…………それは」


 現代の杖としてはかなり強いのでは?

 思わず宮廷魔術師ゴードヴェルに目を向けると、自分の杖を撫でていた彼は半眼でクレイグを眺めていた。


「私の自慢の杖と同格くらいはありそうな品をポンと用意してくるとはな。マシュー様、その杖もなかなか市場には出回らない品ですぞ」


「ですよね。……ありがとうございます、クレイグ」


「ふン……どうでもいいからとっとと仕舞え。今日はそちらの指輪を使うのだぞ?」


 長い杖を〈ストレージ〉に収める。


 既に太陽は沈み、夜空には月が輝き星が散っている。

 今頃、国境にはグレアート王国の軍勢が攻めてきている頃だろうか。




 宮廷魔術師ゴードヴェルの護衛騎士ふたりと僕の近侍ふたりの4人が交代でテラスを見張る中、僕たちはテラスと繋がっている部屋で休憩していた。

 ちなみにクレイグは屋敷の防衛を理由に護衛騎士を連れてこなかったため、僕たちの騎士たちだけが見張ることとなっている。

 戦いになれば護衛たちは僕たちの周囲を警戒してくれる手筈になっているが、竜への攻撃には参加できない。


 ルカとて魔術師としての技量はかなり上達しているのだが、王都の魔術師団や宮廷魔術師、クレイグのような戦闘を得手とした魔術師には敵わないのだ。

 というかルカの成長は僕の近侍として、命がけで僕を守る方向に伸びている。

 魔術師ながら近接戦闘の訓練も積んでおり、かつては純粋な魔術師だったが武器を使った戦闘もこなすようになっていた。

 特に無属性魔法の〈フィジカルブースト〉はほぼゼロから実用レベルまで鍛えたのは凄く努力したのだと思う。


 それとユーリは元々が近接戦闘に長けていたが、攻め一辺倒だったのをアレクシス家の騎士たちとの訓練で修正され、今は護衛に向いた戦術を第一に取れるように鍛え直された。

 僕だけでなくふたりも2年前より格段に成長しているのだ。


 ともあれ今回の戦いは空中で騎竜を捕らえて、攻撃魔術を撃ち込むという遠距離戦だ。

 向き不向きもあるが、戦いの主役は魔術師に譲らざるを得ない。

 だからこそ見張りの役目を買って出てくれているのだ。


 やがてゴードヴェルの護衛騎士が「王都に飛来する巨大な赤い影を見つけました!!」と報告に来た。

 僕たちはテラスに出る。

 騎士が指差す方向、確かに何か赤いものが飛んでいる。

 速く、そして大きい。

 〈フィジカルブースト〉で視力を強化すれば、その威容が見て取れた。

 ドラゴンだ。


「あの紅色は炎の竜だな。しかも大きさからすると間違いなく成竜だ。厄介だぞ」


 クレイグが舌打ちを堪えながら杖を構える。

 まだかなりの距離があるのに何をしようというのか。

 僕とゴードヴェルが見守る中、クレイグは「〈スナイパーレンジ〉」と射程距離延長魔術を遅延で準備し、続いて「〈ライトニングレイ〉」を唱える。

 雷属性と光属性の複合攻撃魔術、ただでさえ長々と一直線に走る雷の光線が射程延長されて騎竜の背の上を貫いた。


 視力を強化していても豆粒ほどの大きさしかない騎手を狙ったのだ。


 僕とゴードヴェルは唖然としてクレイグを見る。

 しかしクレイグは冷静に炎竜を観察しながら「契約者と思しき騎手を殺したはずだが……どうやらドラゴンはこちらに向かってくるようだな」と淡々と言ってのけた。

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