73.そのときは是非ともお祖父様に我が儘を言わせていただきます。
翌日。
日中は普通に魔導院で過ごし、放課後は王城へと向かう。
四侯爵家の皆は普段通りに過ごしていた。
恐らく今晩、騎竜の襲撃があることを知らされていないのだろう。
イスリスだけが逃れたのは良かったが、他の貴族の子女らの被害はどうするつもりなのだろうか。
さすがに上級貴族たちが今晩のことを知らないとは思えない。
誰一人として子供たちに知らせない選択を取ったのだとしたら、もの凄い統制が取れていることになるが。
そこまで王族への忠誠心が高いのか?
なんとなくモヤモヤしたものを抱えながら、僕は馬車で真っ直ぐに王城へと向かった。
ちなみにクレイグは魔導院で抱えていた授業を終えた後に早退しており、既に王城にいるはずである。
……そういえばクレイグの持ち場を聞いていなかったな。
彼はこの夜をどこで過ごすのだろう。
僕は2年前に王族たちと会った部屋に招かれていた。
国王アルヴァルド・オルスト、王太子ウォルマナンド・オルスト、第二王子ケイグバジル・オルストが揃っている。
祖父である国王陛下が申し訳無さそうな顔をして口を開いた。
「マシューを戦いの場に出さざるを得ないのに、我々はそれぞれ離宮に隠れることしかできぬ。なおかつ表立って功績を上げさせてやることもできぬときた。まったく自分たちが情けないわ」
「いえ……僕が自分で望んだことですから。お気遣いありがとうございます」
「マシューは本当にいい子じゃな。何か褒美を取らせたい。望むものを言え」
「……でもまだ何もしていませんよ。王都がどうなるのか分からないのに」
「そうだが、戦場に立たせる申し訳無さが先に立つ。王族の立場を得るのが2年後だからといって、これまで儂は何もしておらんからな。たまには祖父に甘える気持ちで何か言って欲しいというのもあるのだ」
王太子ウォルマナンドも「マシューは命がけでドラゴンを止めようとしている。何もできぬ私たちからせめて何か礼をしたいのだ」と言った。
とはいえ急に言われても欲しいものなど思い浮かばない。
「僕はいま十分に恵まれています。欲しいものなんて思い浮かばないくらいに」
国王アルヴァルドが困った顔をする。
王太子ウォルマナンドは「マシューも急に言われて欲しいものなど早々、思いつかないだろう」と僕の気持ちを代弁してくれた。
「まあ私はそう思って一応、候補の品を用意しておいたのだ」
「なに!? 儂は聞いておらんぞ!?」
「マシューが欲しいものがあればそれで良し、思いつかなければ私が用意した品を渡す。そのくらいの備えだ、父上。気になされるな」
「ぬぅ……」
「というわけだ。例の品を持って来い」
王太子ウォルマナンドは近衛騎士のひとりに命じて、黒い箱を持って来させた。
「これをひとまず受け取ってもらいたい。今後の役に立つだろう」
「これは? 開けてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ」
僕は黒い箱を開ける。
中には黒の指輪が収められていた。
【魔力感知】スキルが指輪から強い魔力を感じる。
箱の中に入っていたときには感じなかったから、この黒い箱は魔力を遮断するものなのだろう。
「もしかしてこの指輪は、杖ですか?」
「その通りだ」
杖は魔法スキルを補助したり強化したりするために用いられる魔法具だ。
名前の通り通常は杖、細長い棒状をしている。
ちなみに魔導院は学習機関であるため、学生は杖を基本的に使わずに自身の実力を磨かせる方針だ。
上級貴族などが金にあかせて杖を用意したら、それだけで実技の授業のバランスを考え直さなければならなくなる。
強力な杖は持つ魔術師の実力を一段も二段も変貌させるものなのだ。
故に魔導院では卒業式で初めて杖を授与するのである。
閑話休題。
「指輪型の杖……しかも感じる魔力からすると相当に良いものだと思われますが」
「古代魔法文明時代の遺物だ。宝物庫に眠らせておくより、マシューに使ってもらった方がいいと思ってね。マシューは剣も使うようだし、杖は指輪型の方が使いやすいだろう?」
「はい。それはありがたいのですが、学生の身で杖を持ってもいいのでしょうか」
「今から実戦に赴くのに杖なしとはいかないだろう。使えるものはなんでも使うべきだ。この戦いを無事に終えたなら、普段は収納魔術で仕舞っておけばいい」
「確かにその通りです。ありがたく使わせていただきます」
僕は指輪を手にとり、ひとまず右手の中指に嵌めた。
「ちなみにこの指輪の効果は?」
「【魔力制御】スキルのレベルがふたつほど上昇するらしい」
「えっ、そんなにですか?!」
それは尋常ならざる性能の杖だった。
もしかしないでも国宝級だ。
国王アルヴァルドが唸る。
「アレを宝物庫から持ち出したのか……確かに今はマシューに強力な杖を与える方がマシュー自身の安全のためにも重要か。思いつかなんだ自分が恥ずかしいわ」
王太子ウォルマナンドが「父上は今晩の準備で忙しかったので仕方がないでしょう」とフォローした。
咳払いをして国王アルヴァルドが「その通りじゃ」と胸を張る。
「しかし褒美が今日の戦いに役立つものというのも味気ない。改めて欲しいものが出来たら遠慮なく言うのじゃぞ、マシューよ」
「はい。そのときは是非ともお祖父様に我が儘を言わせていただきます」
「うむ!!」
満足げな国王陛下の笑顔で、この場は収まった。
窓からは太陽が傾いて茜色の夕日が差し込んでいる。
夜が近い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます