72.さすがの手並みです。

「随分と勝手な真似をしてくれたようだ」


 僕が城へと行って王都へ残ることになった夜、夕食の場でクレイグが吐き捨てるように言った。

 怒りは当然だ。

 アレクシス伯爵家の馬車で王家の紋章の入った短剣を見せて、城内に入ったのだ。

 そうまでして願ったことが、竜が襲う王都に残り戦うことなのだから。


「イスリス様が王都から離れるという話はそのままです。ただ僕が残るだけですから」


「お前は……。ともかく危険すぎる、いろいろな意味でな」


 僕とクレイグの言い争いに入ってこれないイスリスは、どうにか情報を得ようと父に問いを投げかける。


「お父様。私が王都を離れるとは一体、どういうことですか?」


「イスリス、お前には使いを頼みたい。ちょっとしたことだが、王都では入手できない素材が必要だ」


「……そんな話をしているようには聞こえませんでした。一体、お父様とマシュー先輩は何をしようとしているんです?」


「イスリス、これ以上は聞いてくれるな。明日の朝、馬車を用意しておく。それに乗ってくれ。詳細はお前の周囲に話をしておいた」


「な、……私の侍従と護衛騎士にですか? 私を通さずに? 非常識です!!」


「俺が用意したお前の侍従と騎士だ。イスリスのために行動するために必要なことなのだ」


「横暴です。……マシュー先輩、私に詳しい話をしてください」


 クレイグに問うても埒が明かないと判断したイスリスが僕に視線を向けた。

 とはいえ僕が話せるわけもない。


「申し訳ありませんイスリス様。僕から言えることはないのです」


「マシュー先輩まで。私に情報を与えたら王都から離れない何かがあるのですね? それなら私は明日の馬車に乗りません!!」


「そうならないために、クレイグはイスリス様に情報を伝えなかったし、イスリス様の侍従と騎士には話をしたんじゃないかな」


「……どういう意味です?」


「…………」


 僕が黙ってクレイグに視線をやる。

 クレイグは舌打ちしながら〈スリープ〉を唱えた。

 イスリスは急に重たくなったまぶたに抗おうとしたが、あえなく意識を寸断されてテーブルに突伏する。

 さすがはクレイグだ、魔術の構成から発動までが早すぎてイスリスが虚を突かれたのが分かる。

 不意打ちでなければイスリスのことだから、もう少しは耐えてみせただろう。


「さすがの手並みです。これで目を覚ましたときには王都を出た後、というわけですね」


「分かっていることをいちいち口に出すな。これで俺は娘に恨まれるのだぞ?」


「そのくらいは許容してください。イスリス様の安全の方が大事でしょう」


「お前も眠らせて馬車に叩き込みたいくらいだ」


「僕は王都に戻る手段がありますし、何よりもう対騎竜の作戦に組み込まれていますから」


 クレイグは大きな溜め息をついて、イスリスの侍従と護衛騎士を呼んだ。

 彼女らにイスリスを馬車に乗せて王都を出るように命じる。

 王都の城門は閉じている時間だろうが、アレクシス伯爵家の紋章の馬車だ。

 強く言えば城門を開けて通すしかなくなるだろう。


 クレイグは長い溜め息の後、僕を睨みつける。


「それで? 具体的にどこに配置されることになった?」


「王城のテラスです。そこで宮廷魔術師のゴードヴェル・イーヴァルディとともに街全体を見渡すことになっています」


「……危険だな」


「王都にいればどこも危険かと思いますが」


「いや。奇襲の上に最大の戦果を得ようとするならば、王族の命を狙うだろう。俺は騎竜が真っ先に王城を襲うと睨んでいる」


「なるほど……それはそうかもしれないですね。でも騎竜は王族がどこにいるか分からないのでは?」


「だから王城をくまなく蹂躙するのではないのか? 目立つテラスになんぞいたら真っ先に襲われそうなものだが」


「それなら都合がいいですね。僕の切り札で動きを止めれば、被害は少なくなる」


「エーテルの鎖だとか抜かしていたな。ドラゴンを捕縛できるものなのか?」


「恐らくとしか言いようがありませんが。ただ少なくとも僕の〈エーテルチェイン〉から脱出できるドラゴンが相手なら、ドラゴンは討てずに王都が壊滅するだけです」


「随分な自信だ。一度、見ておきたい。食事を終えた後、訓練場で見せてみろ」


「はい」


 僕たちは中断していた食事を再開した。




 夜の訓練場。

 僕の方はカーレアとユーリとルカが付いているが、クレイグの方は誰も付けずにひとりだ。

 クレイグが行うはずの執務の代行をしているから、侍従も護衛騎士も本来の仕事をできていない。


「代官などは雇わないのですか?」


「急に何の話だ。仕事は回っている。無駄に人を雇う必要はない」


「でもクレイグには本来、付いているはずの侍従や騎士がいないでしょう。不便だったりしません?」


「気にするな。安全な魔導院の中で、有能な人材を遊ばせておく方が俺には耐えられんのだ。……どうでもいい話は終わりでいいな? 見せてみろ」


「はい。――〈エーテルチェイン〉」


 訓練場のレーンに用意された的を見えない鎖が絡み取り、砕いた。

 ギチギチと鎖が的のあった空間を締め上げている。

 そこへクレイグが素早く魔術を放った。


「〈フレイムジャベリン〉」


 炎の投槍が赤い軌跡を描いて真っ直ぐに飛ぶ。

 エーテルの鎖にぶつかり、爆炎とともに魔術は弾けて消えた。


「なるほど、大した強靭さだ。これがエーテルか」


「ドラゴンを捕らえておけると思いますか」


「ああ。これならば脱出は難しかろう。しかしドラゴンを攻撃するときは鎖のない場所を狙わなければならんな」


「そうですね。魔術師団の攻撃魔術が大量に向かえば誤差かと思いましたけど……」


「大きな的だろうし、確かに鎖は誤差かもしれん。しかし俺は鎖のない場所を狙いたい。ゴードヴェルら宮廷魔術師たちには事前に伝えておいた方がいいだろう」


「分かりました。そのようにしておきます」


「それからこのエーテルの鎖の魔術、俺にも扱えるか?」


「……いいえ。前提として八属性が必要になります」


「何?」


 クレイグは不可解と言わんばかりの顔で僕に視線を向けてきた。

 僕は古代魔法文明時代では精霊との契約により属性を揃えることが簡単だったと説明する。

 顎に手をやったクレイグが、不機嫌そうに口を開く。


「そんな魔術を大っぴらに使うのか? お前がエーテルの鎖を使えること、使う予定だと知っている者は……」


「ああ、それは大丈夫です。対騎竜の切り札ということで秘匿されるそうです。そのようにウォルマナンド様が取り計らってくださると」


「ふン? まあそれならいいか。だが秘密が漏れるリスクはある。エーテルの鎖をお前以外が扱えない理由は別に作っておけ」


「そうですね……では僕のギフトだということにしてはどうでしょう」


「詠唱の必要なギフトでは説得力がないな」


「そうでした。ええと……」


「もういい。後で猫の王に相談しろ。お前の考えるよりマシな案を出してくれるだろう」


「う、……そうですね」


 確かにソフィアならもっともらしい理由を捻り出してくれそうだ。

 屋敷に戻るクレイグの後を追う。


 冷たい夜気が心地良い季節だ。

 見上げれば、空は空気が澄んでいて星が綺麗に見える。


 ……この王都の夜を明日、乱す竜がやって来る。

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