71.使わなければ持たされた意味もない。
馬車に乗る。
御者を務めるユーリに、王城へ向かうように指示を出した。
カーレアが心配そうに「王城へ向かうのはクレイグ様のご指示ですか?」と問うてきた。
僕は少しだけ迷って、本当のことを告げる。
「いや。僕の独断だ」
カーレアとルカがびっくりしたような顔で僕を見た。
ルカが焦ったように「え、でもそれじゃあ王城には入れないんじゃ?」と言った。
「そこは出来る限りのことはしてみるつもりだ。心配はしなくていい。やるべきことをやるだけだから」
不安そうなふたりを宥め、僕たちを乗せた馬車は王城へと辿り着く。
城門の前に陣取る門衛がいつもよりピリピリしているのは気の所為ではないだろう。
「失礼、ご用を伺ってもよろしいですか?」
「宮廷魔術師第一席、ゴードヴェル・イーヴァルディ様にマシューが来たと伝えてください」
「は? 招待状などはお持ちではないのですか」
「ありません。しかし伝えてくださればお招きくださると確信しています」
「申し訳ありません。そのようなことは出来かねます」
さすがに門衛の立場からしたら当然の対応だ。
このような要求にいちいち付き合ってはいられない。
そのために予め約束を取り付け、城内の誰かから招待状を受け取っておくものなのだから。
しかし今はそんな状況じゃない。
僕は〈ストレージ〉から一本の短剣を取り出した。
それを見たカーレアが酷く慌てながら「なりませんっ!!」と叫ぶように僕の手の短剣を取り出した腕ごと抱きつき門衛の視界から隠す。
「な、何を考えていらっしゃるのですか、マシュー様!?」
「必要なときに、必要なものを使うだけだよ」
「これは使ってはなりません。そうでなければ――」
「いや。今、使わなければ持たされた意味もない。悪い、カーレア」
腕にすがりつくカーレアを振りほどき、短剣の鞘に刻まれた紋章を門衛に見せる。
オルスト王家の紋章の刻まれた短剣。
それを見た門衛は目を剥いた。
「悪いが従ってもらう。改めて要求するよ。宮廷魔術師第一席、ゴードヴェル・イーヴァルディ様にマシューが来たと伝えてくれ」
「はっ」
門衛は頭に疑問符を浮かべつつも、しかし従わないわけにはいかないことだけは理解しているようだ。
それでいい。
この短剣は王家の紋章が刻まれている。
これを出したら王家の威光を振りかざすも同然なのだ。
僕が例え平民であっても、この短剣を見せながら命じた以上、兵士は王族の命令と同等の優先度をもって従う必要がある。
この短剣にはそういう意味が込められている。
カーレアが「なんということ……」と青くなっている。
そうだ、渡されたときに言われた言葉がある。
決して使ってはならないと、祖父である国王陛下に言われながら渡されたものだ。
この短剣は使うために渡されたのではない。
ならば何故、渡されたのかと問われれば、単にそういうものだからだ。
与えられたことに意味があり、使うことなど想定されていないもの。
……ごめんなさい、これしか方法が思い浮かばなかったんだ。
返事は速やかにやって来た。
「宮廷魔術師第一席がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
馬車を城内の馬留めに繋ぎ、僕たちはゴードヴェルの個室へと向かった。
付き従ってきた3人を廊下に残して、僕は宮廷魔術師第一席に与えられた部屋に入る。
中の応接セットのソファの片側には、部屋の主ゴードヴェル・イーヴァルディ、そして王太子ウォルマナンド・オルスト。
ふたりの背後には近衛騎士が控えており、ひとりは女騎士のセイデリアだ。
もうひとり近衛騎士がいるが、恐らくは事情を知っている者だろう。
空いている対面のソファに僕は腰掛けた。
「まず迷惑をおかけして申し訳ありません。使うべきではない手段を使いました」
「……それが分かっているならいいんだ。咎めはしない。一体なにがあったんだ?」
ウォルマナンドが困ったような顔で問うた。
当然だ、アレクシス伯爵家の馬車に乗る僕が王族の紋章を使ってしまったのだ。
噂はすぐに城中どころか王都の貴族中に広まるだろう。
どのような形でかは未知数、困るのも無理はない。
「クレイグから僕を王都から逃す予定であることを聞きました。しかし僕はドラゴンに有効な拘束魔術を会得しています。王都での戦いに加えていただきたい」
「マシュー、君を逃すのは万が一にも王族の血筋を絶やさないためにも必要なことだ。相手の竜がどの程度かは分からないからこそ、君ひとりだけでも逃がしておきたいのだ。無論、私たちとて死にたいわけじゃない。騎士団と魔術師団には明日の夜に隣国が国境を侵し、なおかつ王都に向けて騎竜をけしかけてくることは知らせてある。みな民に出る被害を心配をしているが、しかし王都を混乱させるわけにはいかない。平時のままで迎え撃つ。そう決めたのだ」
ウォルマナンドは「この決断がいかに重いか、分かるだろう?」と諭すように言う。
分かるとも。
平時のままでなければ騎竜が警戒して王都を襲わないかもしれない。
そうなれば自由に空を駆ける騎竜を戦争の中で野放しにすることになる。
王都に犠牲を強いてでも、明日の夜に必ずや討ち取らねばならないのだ。
その決断が軽いわけがない。
だけど。
「僕は古代魔法文明時代に遺失したエーテルの鎖による拘束魔術を準備しています。これは非常に強力で、竜でさえ拘束から逃れるのは至難だと思うのですが、必要ありませんか?」
ウォルマナンドは「エーテルの鎖?」と疑問しながら隣の宮廷魔術師を見た。
そこには身を乗り出さんばかりのゴードヴェルがいる。
「マシュー様。それはまことですか? エーテルでできた鎖、そんなものを一体、どのようにして実現したというのです?」
「僕のギフトは知っているだろう、ゴードヴェル卿。【聖獣召喚】だ。永い時を生きてきた知識ある猫の王だよ。魔導院の閉架書庫にあった古文書の中から、対竜に効果のある遺失魔術を復活させたんだ」
「……まさかそのような方法で。聖獣、確かにかの古代文明を生きて過ごしたなら、文字を解することもあるでしょう。エーテルの強度は魔法そのもの。物理的な拘束とはいえ竜でさえ破壊し脱するのは困難か、ありうる話です」
ゴードヴェルはギラギラとした目で僕に「それで術式を提供していただけるのですか?」と問うてきた。
「それが無理なんだよ。というのもエーテルを扱うのは前提として八属性が必要なんだ。つまり王族でなければ使うことができない魔術だ。これを他の王族に伝えたりしたら、王族が竜の前に出なければならなくなる」
「それではマシュー様が危険に……いや、そうか。それで」
「そう。僕だけを逃がそうとしたのとは逆に。僕だけが竜の前に出る」
ゴードヴェルは歯を食いしばりながら天を仰いだ。
ウォルマナンドも会話の内容は理解している。
彼は僕が竜と対峙する未来を思って、悩む素振りを見せた。
「マシュー、君はひとりで竜と……」
「いいえ。僕にできるのは竜を拘束することだけです。攻撃は騎士団や魔術師団が担っていただくことになるでしょう。空中で拘束することになるから、主に魔術師団かな?」
「どの程度、離れたところからその魔術は使えるんだ?」
「目視できなければ使えません。安全を確保した上で使えるほど理想的なものじゃない。でも拘束できれば、竜を空中に縫い留めることができる」
「…………そうか」
ウォルマナンドは悩む。
ここにいたのがウォルマナンドで良かった。
彼には幼い子供がいる。
王族に〈エーテルチェイン〉を継承させれば、以後このような状況になったとき王族が最前線に立たねばならなくなるのだ。
そのような立場に可愛い子供をやりたい親はいないだろう。
「僕が王都に残ることを許してください。ただしクレイグの娘イスリスひとりは王都から逃してあげて欲しい」
「クレイグの娘か。確かにそういう話にはなっていたが……。私は今もまだ悩んでいる。マシューをドラゴンとの戦いの最前線に出していいのかと」
「僕が出なければ犠牲が増えるだけです。どうかご決断を」
急かす僕に、ゴードヴェルが疑問を呈した。
「その……エーテルを扱うのは本当に八属性がなければならないのですか? 古代魔法文明時代のことはもちろん見てきたわけではないので当時の状況は分かりませんが、エーテルを扱う技術自体は一般的なものだったという印象があります。まさか古代では八属性を持つのが当たり前だったとは思えませんし……」
どうやら僕が王都に残りたいがために嘘でもついているのではないか、とゴードヴェルは疑っているらしい。
いや魔術師として単純な疑問として当時について知りたいのかもしれないが。
だがその答えは予め得ている。
なぜなら当の僕も同じことを思ったからだ。
「僕が契約している聖獣によれば、当時は精霊と契約して属性を誰でも揃えられたとか。そうですよね、ウォルマナンド様?」
僕の視線を受けて、ウォルマナンドが顔を強張らせた。
ただし、と僕は付け加えながら続ける。
「僕はまだ知る立場にはないから、とソフィアが、契約している聖獣が気を利かせて詳しいことは喋ってくれませんでした。恐らく正式な王族となったときに知らされる精霊の聖地や精霊王との契約に関わると思うのですが」
「間違っていない。古代魔法文明時代にまで遡れば、八属性は一般的だったと聞いている」
ウォルマナンドのその言葉にゴードヴェルが唸る。
「なんと、そのようなことが……」
「今はそのことはよい。マシュー、本気で竜の前に立つつもりか」
ウォルマナンドの問いは今更すぎた。
「はい。そのためにここに来ています。使ってはならない短剣を使い、少しでも王都の被害を減らすために」
「……そうか、分かった。マシューの決意は固いらしい。ならば協力してもらおう」
ウォルマナンドの決断により、僕は王都に残り、明日の夜にドラゴンを捕縛する作戦に加わることとなった。
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