幕間
ウルザ・イーヴァルディ
月の綺麗な夜だった。
私は夜、父からの命令で制服のまま待機していた。
なんでも今夜は非常事態があるため屋敷にて待機、もしなにかあればティシーのギフト【危険感知】を頼りにして安全を確保するようにとのことだった。
専属侍女のティシーや護衛騎士たちは何か知っているようだけど、「その時が来るまでお嬢様に教えるなとのご当主様から厳命されております」と決して教えてくれようとはしなかった。
一体、何が起こるというのか。
その時は、唐突にやって来た。
思わず身をすくませるような獣の咆哮。
音に乗った魔力の波動に恐怖したのは、幼い頃を除いては初めてのことだった。
「一体、今のは何? そろそろ教えて」
「はい、お嬢様。落ち着いて聞いて下さい。今晩、隣国グレアート王国が我が国に戦争を仕掛けてくるそうです。そして我が王都にはドラゴンを使って攻め落とそうと目論んでいるとのことだそうです」
ティシーの説明に一瞬、頭の中が真っ白になった。
……ドラゴンって幻獣の?
先程、耳に聞こえた咆哮とティシーとの説明が繋がり、私は激昂した。
「ば、馬鹿じゃないの!? そんな大変なことを何故、今まで黙っていたの!?」
「私どももご当主様の厳命でなければお伝えしたかったのですが、なにぶん王都を上げてこの機会にドラゴンを討たねばならないとのことですので。王都の住民が知って混乱してはドラゴン討伐に支障が出る、と」
「……っ、それは」
言わんとしていることはすぐに分かった。
王都を襲うという情報がどこからもたらされたものかは知らないが、確度の高い情報なのだろう。
ならばこれは千載一遇の機会だ。
戦争が起きるというのならば、自由に空を飛び回るドラゴンは脅威である。
ここで討たねば先々に支障が出るのは明白だ。
……だからといって、すべての王都の民に対して情報封鎖して犠牲になれというの!?
私は急いで出かける準備をする。
それを見咎めたティシーが「今ここに危険はありません、お嬢様」と言ったけど、屋敷の中にいては、いざという時に逃げそびれるかもしれない。
建物が崩れて動けなくなってからでは遅いのだ。
「今は安全でも危険が来てからじゃ遅いの。屋敷の者たちを全員、外へ出しなさい。庭で待機させるわ」
「……かしこまりました。そのようにいたします」
ティシーは侍女や騎士たちに命じて屋敷の住人を避難させ始めた。
外からなら空がよく見える。
〈フィジカルブースト〉で視力を強化して見上げれば、ドラゴンは王城を襲っていた。
父が今日は城に待機する、と言っていたことを思い出す。
私はティシーと護衛騎士を連れて、王城へ向かうことにした。
馬車では上から襲われたときに対抗できない。
徒歩、いや走って王城へと向かうべきだ。
案の定、ティシーと騎士たちには止められた。
「お嬢様、今の王城へ向かうなどという判断は有り得ません。ドラゴンが討伐されるのを、ここで見届けるのです」
「でも王城にはお父様がいるわ。今も戦っていらっしゃるでしょう。加勢しに行きます」
「なりません!!」
「いいえ、――あ!」
そのときだった。
強大な魔力の波動が城のテラスを崩壊させたのは。
ドラゴンがテラスを追うように低空へと移動した。
今までは魔術師団が空中へ向けて雷属性の攻撃魔術を放っていたが、移動されてはそうもいかないだろう。
少しでもいいからお父様のお役に立たなければ。
「――私はウルザ・イーヴァルディ。侯爵家の跡取りとして、このようなところで成り行きを見守るつもりはないわ」
「お嬢様!?」
私は魔術を全開にして走り出した。
街角にはところどころに兵士が立っている。
もしものときのために住人を避難させたりするためだろう。
王都の混乱は既に始まっていた。
当たり前だ、ドラゴンの咆哮が聞こえていたのなら、誰でも外を気にする。
そして我先にと避難しようとする貴族たちが出るのもまた必然。
大慌てで走る馬車とすれ違いながら、私は王城へ向けて疾駆した。
すぐに王城の付近にやって来た。
侯爵家であるイーヴァルディの屋敷から王城はそう離れてはいないのだ。
……お父様とドラゴンは!?
城の塀を飛び越えて、城内に侵入する。
強い魔力の気配を辿っていくと、どう、という轟音とともにまさにドラゴンが倒れ伏すところだった。
……討伐したのね。
安心するのはまだ早い。
お父様は……いた!!
地面に仰向けで倒れている。
声をかけようとして、ドラゴンにトドメを刺した人影に目が止まる。
文字通り、目が止まった。
――なぜ、あなたがそこにいるの?
剣を振り抜いた姿勢でドラゴンの傍らに立つマシューは、その場に座り込んだ。
そして天を仰ぐように地面に大の字になった。
その顔に満面の笑みと勝利の喜びを
――なぜ、あなたがそこにいるの?
――なぜ、私はこちら側で、あなたはそちら側にいるの?
幾人もの人の気配が近づいてくる。
騎士たちか魔術師たちか。
どちらにせよ、城への不法侵入を咎められるのは目に見えている。
ドラゴンの討伐を確認できたのだから、すぐにこの場を離れるべきだ。
だからそうした。
屋敷に戻ると、ティシーが目に涙を浮かべてすがりついてきた。
「お嬢様!!」
「大丈夫よ。どこも怪我はしていない。私が城に着く前に、ドラゴンは恐らく討伐されたのでしょうね。戦いが終わっていた様子だったから戻って来たわ」
「もう危険なことはお止めください」
「分かっている。だから今日のことはお父様に黙っておいて」
「……しかし」
「これは命令よ、ティシー。私は今日、ここにいました」
「……二度とこのような真似はしないとお誓いください」
「分かった。誓う。今後はティシーのギフトを信用して、危ない真似はしないわ」
「はあ……仕方がありません。ご当主様のお叱りを受けたくないのは私も同じですからね」
安堵するティシーに微笑みかけながら、私はいつも通りの日常へと戻る。
ただし。
脳裏に浮かぶ彼の顔だけは忘れぬようにして。
マシュー。
あなた一体、何者なの?
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