36.どう答えようかと思考を巡らす。

 アガサとの会話が一段落したと見たのか、侯爵家の4人がこちらへやって来た。


 ウルザが「マシューの故郷の幼馴染だと聞いたけど。私たちに紹介してくれる?」と腕組みをしながら言った。


「え? うんいいけど。ええとラステッド男爵家の後援を受けて魔導院に通うことになったアガサ。僕の幼馴染だよ」


 アガサは明らかに他の貴族とは違う雰囲気の4人に飲まれているようだ。


「あ、アガサです。あの……」


「私はウルザ。ウルザ・イーヴァルディよ。よろしくアガサ」


「イーヴァルディ……侯爵家ぇ!?」


 ビシィと背筋が伸びた。

 そりゃ平民にとって四侯爵家は恐れ多すぎる。


「そんなに緊張しないで。私たちは同じ魔導院の学生なんだから、身分は関係ないわ。私のことはウルザでいいから」


「う、ウルザ様ですね!!」


「……様はいらないけど」


 ウルザが困ったような顔をする。

 さすがに侯爵家の威光を前に緊張しすぎて顔色を悪くしているアガサに「様付けするな」と強くは言えない。

 言ったら、アガサが泡を吹いて倒れそうだ。


「僕たちは遠慮した方が良さそうかな。行こうかエドワルド」


「ああ。俺もただの平民には興味ない」


 トバイフが気を利かせてくれてエドワルドとともにこの場から離れていく。

 だがジュリィはいつも通り笑顔でアガサに自己紹介する。


「私はジュリィ・ヘルモード。私のこともジュリィでいいからね、よろしくアガサちゃん」


「へ、ヘルモード侯爵家の!? じゅ、ジュリィ様ですね、よろしくお願いしますっ」


 何をよろしくするのか分かっていないアガサの語尾が疑問符になる。

 ジュリィはアガサの手を握り、「これで私たちお友達だね」と告げた。


「へは……お友達、ですか?!」


「そうよ、アガサちゃん。女子同士、仲良くしましょう。幼い頃のマシューくんの話とか聞かせて欲しいなあ」


「はい!! なんでも喋ります!!」


 いや、なんでも喋る必要はないぞアガサ。

 僕がツッコミを入れようとしたところ、ウルザが「そうね。マシューがどんな幼少期を過ごしたのかは興味があるわ」と言った。


「例えばマシューのお父上は魔術師だったのよね。どのような方だったのか教えてくださる?」


 ウルザのこの発言にハッとさせられる。

 マズい、父の名前なんか出てきたらそこから僕が王族であると辿られかねない。


「はい!! マシューのお父さんは、凄い魔術師だったという印象しかありません。私の故郷は寒村で、まともな魔術師はマシューとそのお父さんだけでした」


「へえ。具体的には? 何かエピソードなんかあるの?」


「その……私がまだステータスを授かる前に亡くなった人で、あまりよく知らないんです。けど魔物が現れたときなどには大人に混じって退治に尽力してくださったとか」


「そうなの」


 ウルザはまだ物足りない、と言わんばかりに僕の方を見た。


「マシュー、あなたの父上はどのような人なの? 名前とか経歴は?」


「ええと……」


 どう答えようかと思考を巡らす。

 しかしその様子を見て取ったジュリィが「マシューくんにとってもステータスを授かる前に亡くなった父上のこと。そう詳しいことを知らなくても仕方がないですよ。ねえマシューくん?」と言った。

 僕は助け舟を出されたのだと判断して、頷く。


「父のことは魔術の師匠として尊敬しています。けど僕が魔法スキルのレベルを大きく伸ばしたのは、アレクシス伯爵家に来てからです」


「そうなの? やっぱりクレイグ教授は凄いのね」


 ウルザが納得する。

 ジュリィはニコニコと微笑を浮かべていた。




 ジュリィの叔母は僕の叔母でもある。

 ヘルモード家に降嫁したシャトリシア、つまり父エーヴァルトの妹で王族だった人だ。

 僕は会ったことはない。

 けれどどうやら愛猫ソフィアによると、エーヴァルトの子である僕が現れ密かに王族たちと面談したということをどこからともなく掴んできていて、ふたりの伯父を問い詰めたらしい。

 だからジュリィは僕が王族であることを知っているとのことだ。

 正確にはヘルモード家の中枢というべきか。


 騎士系の家柄のヘルモード家の娘であるジュリィが唐突に魔導院に進路を変えたのは、恐らく僕との縁を求めてのことだろう。

 あからさまにすり寄ってきているのは家の命令か、本人の意思かは分からない。

 ただあわよくば僕の妻の座を射止めようとしているのはいくらなんでも露骨で、分かり易いほどだ。


 魔導院を卒業したら王族となる僕の結婚は政治的な問題だ。

 だから僕が勝手に相手を決めることはできない。

 その辺りはヘルモード家も分かっているだろうに。

 それとも正妻である第一夫人ではなく第二夫人やめかけの座でも構わないと考えているのか。

 それならば僕の希望が通るから、僕を上手く籠絡すればいい。


 何にせよ重要なのは僕の正体を知り、僕に協力的な人が近くにいるということだ。


 しかしアガサが僕の父の名前などを覚えていなかったことは幸運だった。

 父だって馬鹿じゃないから、きっと使う属性は村人相手に絞っていた可能性は高い。

 僕がアガサに見せた魔法スキルは【生活魔法】だけだ。

 実は僕もクレイグのもとで魔術を学ぶまで誤解していたのだけど、【生活魔法】は自分の持っていない属性の魔術も使えるのだそうだ。

 【生活魔法】はれっきとした独立した魔法スキルであり、例えば【炎魔法】を持っていない僕でも【生活魔法】の着火魔術である〈ティンダー〉を使うのは不思議のないことなのである。

 思えば父からは炎属性の攻撃魔術は火事になる可能性があるから、絶対に自分が許可したとき以外は使ってはならない、と言われたことがあった。

 あれは八属性を使えることを村人に知られないための言葉である可能性はある。

 既に亡くなった父の真意はもう、分からないけど。

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