55.今回は沢山、力を借りると思う。

 クレイグから論文査読会に論文を提出しろと言われた日の夜、僕は自室でソフィアを召喚した。

 これでも毎晩、召喚はしているのだ。

 ただこれと言って話題が毎日あるわけじゃないので、気まぐれに雑談をしながら撫でさせてもらって送還する日の方が多いだけで。


「ソフィア、ちょっと相談があるんだけど」


「ほう、なんだ。言ってみよ。儂でよければ力になってやるぞ」


「実は今日、クレイグに論文査読会に論文を提出しろと言われたんだ。でも僕には今、取り組んでいる私的な研究とかないし。そもそも締め切りまでの時間もないって断ったんだけど……」


「ふむ。それで儂を使えと言われたのだな?」


「実はそうなんだ。ギフトも僕の実力の内だから、使って論文を作成しろって」


「道理ではないか? 使えるものは使うべきだと思うぞ、マシュー」


「でもソフィアの知識って、元は他の猫のものだよね? それを勝手に使ってもいいものかと……」


「良いだろう。そのようなことが気にかかるなら、遥か昔の猫が見つけた知識を授けて進ぜよう」


「本当に大丈夫? あとでソフィアが責められたりしない?」


 ソフィアは目を見開いて四本の足でスクっと立ち上がる。


「儂のことを気にしておったのか? 見くびるでないぞ、マシュー。儂は猫の王ぞ」


「う……意味が分からないけど、ソフィアは困らないんだね?」


「困らんな。儂の契約者であるマシューに、儂の知識を授けることに何の躊躇が必要なのか、儂には分からん」


 ソフィアは僕の膝の上に飛び乗ってきた。

 フワフワの長い毛を撫でさせてもらう。


「そうだな……ではこういうのはどうだ。『失われた文明の魔法理論の再構築』。魔導院の論文査読会に叩きつけてやれ」


「待って。なんか凄く高度なことをやらせようとしていない?」


「他にも幾つか思いつく候補はあるが、時間がないのであろう? ならば既存の古文書を解読して古代に失われた理論を復活させ、現代風に再構築して見せるのが早いと思うぞ」


「そうなんだ? ソフィアが言うからにはきっとそうなんだろうけど。ところで古文書って何?」


「魔導院の閉架書庫にあるはずだ。古代魔法文明時代の書物が。禁帯出だろうが、一般生徒でも読めないことはないだろう」


「そんなものがあるんだ。分かった、じゃあそのテーマでクレイグに相談してみるよ」


「うむ。困ったことがあればいつでも呼び出せ。儂はマシューのものだぞ」


「ありがとう。今回は沢山、力を借りると思う」


「任せておけ」


 ひとしきり撫で回した後、僕はソフィアを送還した。




 翌日、授業を終えた僕はクレイグの研究室にやって来ていた。

 論文の題材を伝えると、クレイグは「ほう?」と笑みを浮かべた。


「なるほど、さすがは聖獣。無駄に長生きしているだけのことはあるな。古い文献を読み解くのは容易だろう。テーマはそれでいい。ただ解読したものを再現してできました、では芸がないから現代風にアレンジするというのも悪くない視点だ。それでやれ」


「はい。……で、図書館の閉架書庫にある禁帯出本っていうのは僕でも読めるものなのでしょうか?」


「ふむ。貴重な古い文献ともなると保存状態が気になるところだ。もしかしたら生徒では触らせてもらえないやもしれん。どれ一筆書こう。少し待て」


 教授のお墨付きなら問題ないだろう。

 僕はスムーズに事が運んで気を良くした。


 クレイグの書いた書簡を持って図書館へ向かう。

 すっかり顔馴染みになった司書ベラレッタに書簡を差し出した。


「ベラレッタさん、教授の許しを得て閉架書庫にある古い文献を読ませてもらいたいのですが」


「古い文献ですか? ちょっと拝見しますね」


 クレイグの書簡を見てベラレッタが眉をひそめた。


「古代魔法文明時代の書物ですか……」


「はい。教授の許可は得ているので問題ないと思うのですが」


「確かに。クレイグ教授が許可を出しているなら問題ありませんね。ではこちらへ着いてきてください」


 普段は立ち入れないカウンターの奥へ通される。

 そしてベラレッタの先導で廊下を進むと、開架とは趣きの異なる本棚が並んだ部屋に通された。

 司書がいなければ何がどこにあるか分からない状態の本棚だな、というのが第一印象だ。

 決して整理されていないわけじゃないけども、開架がいかに一般の利用者向けに工夫されて整理されているのかが分かる。


「ええと古代魔法文明の書物は、と……ありました。この辺り一帯ですね」


 ベラレッタが手で指し示す範囲は割と大きかった。


「結構な量がありますね」


「そうですね。古代魔法文明語の解読はなかなか進んでおらず、遺跡などから発見されたものが溜まっていく一方なんですよ」


「そうなんですか」


「それではここでなら読んで構いません。ええと念の為、古文書に触る場合はこの手袋を着用してください。それからこのテーブルは自由に使って構いませんので」


「ありがとうございます」


「いいえ。私はカウンターに戻りますので、何かあれば呼びに来てくださいね。分かっているかと思いますが、くれぐれも取り扱いには注意してください。保存魔術がかかっているとはいえ普通の書物より脆いので」


 そう言ってベラレッタは閉架書庫を出てカウンター業務へと戻った。

 さてどれから手を付ければいいかまったく分からない。

 ひとりきりになったことだし、ここはソフィアを召喚して力を借りるとしよう。

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