56.クレイグ教授の無茶振りでね。
「内容からすると、これが良さそうだな」
ソフィアに片っ端から古文書を見せて、確認してもらう。
そして一冊の書物を選んでもらった。
想定より時間がかかっているので、早々にソフィアを送還して、目当ての文書が分かるように本棚の空いているところに移す。
今日の作業はここまででいいだろう。
カウンターのベラレッタは閉館時間が近いこの時間帯は忙しくしているはずだ。
閉館時間になったら知らせに来るだろうから、少し休んでいこう。
と言っても、疲れはないのだけど。
飲食もできないし、何をして過ごそうかと思ったが、よく考えなくても普段入らない閉架書庫にいるのだ、開架になっていない本の中に自分の興味を引くものがあるかもしれないので、端から眺めていく。
手袋はしたままだが、迂闊に触って破損させてはならない。
タイトルだけ見るに留めるが、なかなかに興味深い本が何冊も見つかる。
……これは時間があるときに閉架書庫に来て読書したいなあ。
本棚を眺めていると、ベラレッタがやって来た。
「マシューさん、もう閉館時間です。申し訳ありませんが今日はここまでとさせてください」
「はい。あ、目当ての書物はこれなんですが、分かるように本棚の空いているところに別にして置かせてもらってもいいですか?」
「分かりました。構いませんよ。明日以降もいらっしゃるということですね?」
「はい。ここのテーブルで作業させてもらいたいのですが、大丈夫ですか」
「もちろんです」
「ありがとうございます。じゃあ今日は僕、もうこれで帰りますね」
「はい。ご利用ありがとうございました」
僕は図書館を出て、クレイグの研究室に挨拶だけしてから、帰路についた。
翌日の放課後、僕はまずクレイグの研究室に向かった。
これから図書館で作業をすること、そして閉館時間が来たら研究室には寄らずに帰ることを伝えた。
「問題ない。それで目当ての文献はありそうか?」
「はい。昨日ソフィアに見てもらって一冊、ちょうどいいのを見繕ってもらいました」
「ふむ。ならば順調だな。作業としては古文書の写しを作成して、解読や論文執筆は研究室で行うようにしろ」
「分かりました」
あの見覚えのない文字を正確に写すのは大変そうだな、と思いつつも、ソフィアを召喚するならクレイグの研究室の方がいいだろう。
僕は言いつけに従い、古文書の写しを作る作業から始めた。
「ここ数日、随分と忙しそうだねマシュー」
「ああうん。クレイグ教授の無茶振りでね……」
昼の学食で、トバイフが「そういえば」と軽く切り出してきた。
図書館通いを続けているトバイフからしたら、カウンターの奥の閉架書庫に出入りする僕を見ているはずだから、その感想はもっともなものだ。
「無茶振りか何か知らないけれど、クレイグ教授の指導を受けているのでしょう? 一年生で教授の研究室に出入りしているなんて羨ましい限りだわ。二年生でさえそんな例外はいないわ。本来、弟子入りは三年生になってからなのよ?」
ウルザが半眼になって言った。
「まあまあ。クレイグ教授の指導は的確だけども厳しいという噂ですから。マシューくんの立場では教授の命令には従う他もないことですし、逃げ場がないのではなくて?」
ジュリィがフォローしてくれる。
ジュリィの背後で控えているアガサも心配そうな視線を寄越してくれる。
エドワルドが「その無茶振りの内容にもよるな。何をしている」と言った。
僕はこの面子なら、と思い素直に言うことにした。
「あまり大きな声では言えないんだけど……論文査読会に論文を提出させられることになったんだ」
侯爵家の4人は「は?」と言いながら、あんぐりと口を開けて目を剥いた。
アガサだけは「大変そう」とだけ呟く。
「いや、大変そうというかなんというか……相当な無茶だねそれは」
トバイフが同情的な視線を寄越してきた。
ウルザはやや引き気味になりながら「一年生が論文を提出するの? それって前例あったかしら」と言った。
僕は乾いた笑みを浮かべた。
「クレイグ教授は一年生から論文を提出していたそうだよ。だから僕にもそうしろってさ」
今度こそ侯爵家の4人は「うわぁ……」と声にならない同情を寄せてくる。
エドワルドは「あの天才と呼び名の高い教授と同じ道を進ませられているわけか。なるほど差が詰まらないわけだ」と言った。
「そうすると何か、マシュー。貴様はいずれクレイグ教授の娘に婿入りさせられるのではないか?」
エドワルドが変なことを言い出した。
「え、どうしてそうなるの」
「どう考えても後継者を育成しているようにしか見えんぞ」
僕の疑問にエドワルドが答える。
なるほど、客観的に見ればそう見えるかもしれない。
ウルザが「どうなの、その話は?」と詰め寄ってくる。
アガサはハラハラした様子で身を乗り出している。
僕は「そんな話はないけど?」と答える。
ジュリィは真顔になって無言だ。
彼女は僕の正体を知っているから、僕が軽々に婚約者を決められる立場にないことを知っているからコメントし辛いのだろう。
「でもエドワルドの言う事には一理あるよね。確かにクレイグ教授はマシューを後継者として見ているのかもしれない」
トバイフが「可能性は高いのでは」と言い出した。
ウルザは「アレクシス伯爵家の娘というとイスリス嬢よね。確か私たちよりひとつ年下の。年回りは悪くない、か」と何か自己完結し始めた。
僕は食器を置いてから、「ないない」と手を振りながら否定した。
しかし一度、燻りだした疑念はなかなか晴れることはなく、今はまだ何も言われていないだけでクレイグはいずれ僕をひとり娘の婚約者にするのでは、というところで落ち着いてしまったのだった。
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