69.唱えた瞬間に奇妙な手応えを感じた。

 夜、ソフィアを召喚して早速、古文書の解読を行う。

 今回は論文にするわけじゃないから、僕が内容を理解できる限りは書き残す必要はない。

 古文書のタイトルから翻訳してもらうことにした。


「では訳すぞ。タイトルは『エーテルの鎖による拘束魔術』だ」


「エーテル? それって……」


「ああ。タイトルに偽りはなさそうだから、マシューの考えているとおりだぞ」


 ソフィアはあっさりと言った。


 エーテルとは物質化した魔法のことである。

 通常、僕ら魔術師は魔術を行使して魔法現象を発動する。

 例えば〈アイスセイバー〉なら氷の大剣を生み出すという魔法現象が発生する。

 生み出された氷の大剣は、現実そのままの氷として世界に定着し、一振りした後は大剣の形をした氷塊が残る。


 さてではエーテルの場合はどうかというと、魔術の行使では魔法現象そのものを生み出す。

 非常に分かりづらいが、魔法という世界を書き換える現象そのものを物質として扱うのがエーテルだ。

 遺失した技術だから、実態は分からないけどそういうものとされている。


 さて内容を早速、ソフィアに訳してもらっていく。

 読み上げられる内容は高度ながら、分からない部分は適宜、ソフィアの注釈が入るため非常に分かりやすい。

 ソフィアの注釈がなければ冒頭から意味不明だっただろう。

 そのくらい現代と古代魔法文明時代には技術の前提に格差があった。




 部屋の窓からひんやりとした風が入ってくる。

 夜も遅い時間帯だ。

 なんとか古文書を一通りソフィアに訳してもらい、だいたいは理解できた。

 恐るべきことにエーテルの鎖は滅多なことでは千切れることがないらしい。

 地上から僕がドラゴンを捕縛し、空中で囚われたドラゴンに集中砲火すれば、なんとかドラゴンを倒せるのではないだろうか。

 希望が見えてきた。

 ソフィアを送還した後、僕は早速この〈エーテルチェイン〉の魔術を実践することにした。


 部屋で魔術の行使はするものじゃないから、アレクシス邸の訓練場を使わせてもらう。

 今回の訓練には近侍の魔術師ルカの力を借りることとする。


「よし、じゃあ僕がエーテルの鎖で的を絡めたら、ルカは炎の攻撃魔術で的を破壊して欲しい」


「ええ。分かったわマシューくん」


「それじゃ、行くよ。――〈エーテルチェイン〉」


 それは八属性を前提とし、しかしいかなる属性にも属さない故、無属性魔術に分類される特殊なもの。

 唱えた瞬間に奇妙な手応えを感じた。

 まるで今まで使ってきた魔術のどれよりも真に魔術らしい魔術であると、行使した瞬間に理解した。


 エーテルの不可視の鎖が的に絡みつく。

 ギシ、とあまりの圧に的が粉砕された。


「……あ、ごめんルカ。鎖の拘束が強すぎて普通の的じゃ耐えられないみたいだ」


「そうみたいだね。でもあの的って……」


「うん。この訓練場に用意してあった一番、頑丈な的」


「それを破壊しちゃったら、もう訓練にならないんじゃないの?」


「そうだね。もっと試したかったけどちょうどいい的が無いとは思わなかった」


 とはいえ鎖の拘束力だけであの硬い的を破壊してしまったということは、ドラゴンでも鎖から逃れられない可能性は高い。

 魔導院で試すわけにもいかないだろうからぶっつけ本番になってしまうが、これで準備は万端だ。


「みんな夜、遅くまで付き合わせて悪かった。もう休もうか」


 ルカ、そしてカーレアとユーリに声をかける。

 カーレアが心配そうな眼差しで僕を見た。


「随分と遅い時間になってしまいましたね、マシュー様。明日も魔導院に行かねばなりませんが……」


「もちろんだ。圧縮睡眠の魔術を使うから心配しないで良いよ」


「マシュー様、圧縮睡眠は身体に負担がかかります。睡眠時間は短縮できても身体の疲労を回復しきれません」


「それはそうだけど。このまま徹夜するわけにもいかないだろう。少しでも良質な睡眠を取るには圧縮睡眠しかないと思うけど」


「……それは、そうなのですが」


「心配をかけてすまない、カーレア。明日の朝は目覚めによく効く薬草茶を貰いたいから、準備してもらえるかな?」


「――はい、かしこまりました」


 カーレアは丁寧に腰を折った。

 ユーリがからかうように笑った。


「マシューは随分とカーレアの扱いに慣れてきたな」


「からかわないでよ……」


「からかっていないぜ。悪いことじゃねえだろ。最初の頃なんかは持て余していただろ? それに比べれば……」


「もう。ユーリ、からかわないでってば。面白がるのもなしで」


「ははは。悪い悪い」


 ドラゴンが王都に襲撃をかけてきたら、対応できる者は限られてくる。

 少なくとも僕は〈エーテルチェイン〉を使ってドラゴンを止めなければならない。

 そうすると危険に晒されるのは僕だけではなく、この3人の侍女と近侍も一緒なのだ。

 僕はこの3人を死なせないためにも、できる限りのことをしようと思った。

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