43.アガサの元気な笑顔を久々に見た気がする。

 その後もウルザに煮え湯を飲ませ続けて、魔法大祭の一日目が終わった。

 たまにトバイフ、エドワルド、ジュリィも参加する種目もあったが、トバイフとジュリィは負けても仕方がない、といった風なのにエドワルドはウルザと一緒になって睨んできたのは面白かったかな。


 ……いや睨まれるのが楽しいってことはないのだけど。


 僕は結局、一日目の参加種目はすべて一位を取った。

 ウルザは二年生と三年生に負けることもあったが、一年生なのによく健闘していたと思う。


 なおアガサは完全に観戦に回っていたようだ。

 一年生で平民だと事前情報も乏しいため、観戦に回る方が多いらしい。

 だから種目に参加するのは二年生からが多数派なのだそうだ。




 程よい疲労感がある。

 さすがに一日中、魔術を行使し続けただけあって、今日はよく眠れそうだ。

 馬車から降りてアレクシス邸に戻ると、一足先に戻っていたイスリスに出迎えられた。


「マシュー先輩、今日は大活躍でしたね」


「イスリス様が本当に全種目、応援してくださったからですよ」


「ふふ、マシュー先輩は謙虚ですね。実力でしたよ、完全に」


 まあそれはそうだ、実力がなければすべての参加種目で一位を取ることはできない。

 しかし度々、空気が凍った場で拍手を送ってくれたイスリスには本当に感謝しているのだ。


 イスリスは「さあ夕食にしましょう。明日もありますからね、今日は沢山食べて、沢山寝てください」と言った。




 魔法大祭の二日目も僕は常にトップを走った。

 ウルザはやっぱり僕の出場種目すべてについてきていたが、さすがに疲労もあるのか二年生や三年生に苦戦していた。

 トバイフ、エドワルド、ジュリィも上級生に苦戦するのは変わらない。

 しかし出場種目を絞っているだけあって、得意種目にしか出ていない彼らだと現状でも上級生にも比肩するようなのだ。

 これはなかなかあることではないらしく、帰りのホームルームで僕たちの健闘を担任教師のマドラインが讃えていた。


 さて帰り支度は済ませたが、僕はいつもの面々と教室で雑談に興じていた。

 トバイフが微笑みながら「さすがはマシュー、僕たち一年生の代表だね」と言った。


「褒めすぎだよトバイフ。僕は自分がどれだけ恵まれているかちゃんと理解しているから」


「クレイグ教授の内弟子だものね。一年しか弟子になれない三年生と違って既に何年も師事しているとなれば、実力に大きな開きがあっても仕方がないわけだ」


 僕は褒められすぎてちょっと反応に困った。

 しかしエドワルドが不機嫌そうに「仕方がない、とは思いたくはないがな」と口を開く。


「同じ歳なのだ。師がすぐれていようとも、当人の努力次第で勝てる局面も存在すると俺は考えている」


「お、エドワルドはさすが負けず嫌いだね」


 トバイフがニコニコしながら言った。

 腕組みをしたウルザが「負けず嫌いじゃなくて、ただの事実よ」と吐き捨てる。


「全種目で一年生はマシューに負けた。これは私たち一年生が不甲斐ないとも言えるのではないかしら」


 気炎を上げるウルザをなだめるようにジュリィが「まあまあ。マシューくんはやっぱり特別ですよ」と言った。


「クレイグ教授の内弟子、すなわち教授が認めただけの魔術の才能があったということですから。属性数だけを見て弟子を取る教授じゃないでしょう」


「っ……、それは私たちが魔術の才能でもマシューに劣っているとでも言うつもり? 断じて認められないわ」


 ウルザは「明日、ハッキリさせてやるんだから」と言った。


「闘技大会、魔法大祭の花形種目。三日目は万全を期して臨むわ」


「万全を期するのは皆、同じですよ。上級生だって闘技大会にしか出ない人も多いのですから」


 ジュリィの言う通りだ。

 一年生は確かに僕を除いても侯爵家の4人が健闘した。

 しかし明日に備え、虎視眈々と爪を研いでいる上級生の存在はやっぱり怖いと思う。


 そんな話をしている中、ふとアガサと目が合った。

 そういえば彼女は随分と無口になってしまっていた。

 それもこれもジュリィの侍女になったことも無関係ではない。

 僕の正体のために監視してくれているのだと思うけど、ちょっとやり過ぎというか、釈然としないものを感じているのだ。


「アガサは今年は観戦に回っているようだけど、来年は何か出場したい種目とかはあった?」


「え? あの……うん。棒崩しはちょっと興味があったかな」


 いきなり話題を振られて驚いた顔を見せたが、ちゃんと応えを貰えて良かった。


「棒崩しか。アガサは風属性と炎属性があるから、まとめて棒を焼き払えそうだね」


「私の属性だと逆に、他の種目は向いていなさそうだから……」


 はにかむように言った。

 棒崩しというのは、教師が用意した棒状の的を如何に素早くすべて破壊するかを競う派手な種目だ。

 大抵の場合は広範囲を薙ぎ払う攻撃魔術を放つのだが、抵抗力の高い棒や高さのある棒など半端な攻撃力だと一撃で破壊し辛い棒が混じっている。

 それでも僕やウルザも含めて一撃で破壊する者がいるので、その領域の者たちが競うのは魔術の構成速度だ。

 広範囲を一撃で吹き飛ばそうと魔術を構成するのに溜めが必要になる。

 その溜めを如何に短くして棒を一掃するのか、タイムを競うわけだ。


「今からでも広範囲を攻撃する魔術に特化して練習するのもひとつの手かもね」


「そうだね。私も来年から頑張るから。マシューに勝つなんておこがましいことは言えないけど、私も皆みたいに活躍したいな」


 アガサの元気な笑顔を久々に見た気がする。

 さて明日もあることだから、と会話を切り上げて各々、帰路につく。


 明日はいよいよ闘技大会だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る