81.僕は唖然としたまま正面に向き直った。
魔導院の学生たちは事前にされていた組分けに整列する。
組分けは、炎・氷・雷の中位属性ごとに分けられていて、様々な隊列に並びながら魔術の投射攻撃を行うことになっていた。
ちなみに中位属性を持たない学生も少数ながらいて、その場合は下位属性を見て組分けする。
地属性は炎属性の組、水属性は氷属性の組、風属性は雷属性の組、という風になっていた。
組分けの例外は光属性の持ち主で、治癒魔術が得意な者たちだ。
彼らは後方で待機し、怪我人の治療に当たる衛生兵としての役割を担う。
身近な例でいくとトバイフがこの衛生兵に抜擢されている。
僕は雷の組だったのだが、学生代表補佐という肩書きをもらってしまったため、組には入らずに魔導院の学生代表バスカエルと行動を共にすることになった。
一方で騎士学校の方は、一年生・二年生・三年生の三人一組を作り、戦場で動くことになるそうだ。
三人の少数で戦場を動くというよりは騎士たち全員で動く中で、下級生を置き去りにしないように上級生が面倒を見るという形らしい。
まず最も多いパターンの訓練を本日は行うことになった。
即ち敵軍が迫る中、魔術師たちが攻撃魔術を放ってから後ろへと下がり、騎士たちが前衛として迎え撃つという形式だ。
魔術師たちが魔術を撃った後に騎士たちの間を抜けて後方へと戻るだけ、と言えばそうなのだが、やったことのない機動に最初はぎこちがなかった。
ちなみに魔術師たちに「撃ち方、始め!」と指示を出すのが学生代表バスカエルの仕事であり、もしバスカエルが負傷などで指示を出せない場合に代わりに指示出しをするのが代表補佐である僕の仕事だ。
指示は風属性の拡声の魔術を使って行われる。
平民で一年生の僕が出す指示で動いてくれるのかという心配は杞憂だったようで、練習ではちゃんと指示通りに動いてくれた。
昼食は騎士学校の学食をフル稼働させて作ったお弁当を運動場でいただく。
僕とバスカエルは両校の親睦を深めるために、騎士学校の学生代表ゴードニーと代表補佐エリエマと食事を一緒にすることになった。
侍従たちに敷物を敷いてもらい、お弁当の準備をしてもらう。
平民であるゴードニーには侍従や護衛騎士はいないので、彼はエリエマの侍女に世話になっていた。
侍従たちが働く姿を眺めながら、ゴードニーは僕に視線を向けた。
「マシューは俺と同じ平民だが、侍従も護衛騎士もいるんだな」
「はい。アレクシス伯爵家のご厚意に甘えさせてもらっています」
「ほう、後援者である貴族にそこまでしてもらえるとは流石だ。俺は亜人種というだけで嫌われていたから、大違いだな!」
「え、そうなんですか?」
思わず問い返してしまったが、ゴードニーはカラっとした笑顔を浮かべて「うむ。大陸の西に位置する以上、仕方がないのだろう。亜人種の王国のある東の方だとまた違うらしいがな!」と言った。
「それでも俺はこの国が好きだ。戦争がなければ平和で治安も良い。国王陛下の優れた治世の賜物だな!」
「そうですね。僕もこの国が好きです」
「そうかそうか。ならばこの国の平和を乱すグレアート王国を叩き返してやらねばな!」
ゴードニーが豪快に笑う。
エリエマが微笑ましいものを見る目でゴードニーを見ているが、いつもこんな感じなのだろう。
彼女は侍従たちが仕事を終えたのを見計らって「昼食の準備ができたようですよ?」と僕たちに声をかけてくれた。
僕たち4人は敷物に上がり、お弁当をいただくことにする。
お弁当は、バゲットに縦に切れ込みを入れて野菜や肉を挟んだものだ。
なかなかボリュームがあって、しかも美味だった。
食後は交流の時間だ。
午後の合同演習が始まるまで、この4人の仲を縮めねばならない。
とはいえ、どういう話題がいいだろう。
そんなことを考えていたら、エリエマがにっこりと微笑んだ。
「マシューくん、難しく考える必要はないんだよ。この4人で食事を取り、適当な話題で親睦を深める。それだけなんだから」
「……はい。ただ僕にはその“それだけ”がなかなか難しいように思えて」
「ふうん? じゃあここはお姉さんが話題を提供してあげましょう」
笑顔なのに目が笑っていないところが、ジュリィにそっくりだ。
一体、どんな話題を提供してくれるのだろうか。
そんなことを思っていたら、エリエマは意外なことを言い出した。
「やっぱり親睦を深めようと思ったら恋バナよねえ。マシューくん、好きな子とかいる?」
「えっ」
思わず変な声が出た。
なおバスカエルはポカンと口を開けて呆けているし、ゴードニーは「んー?」と笑顔で首を傾げた。
エリエマはそんな男子3人の反応が面白かったのか、グイグイと来た。
「マシューくんどうなの? ウチのジュリィちゃんとは仲良くしているらしいけど?」
「いや、ジュリィは友人ですよ」
「あらら、フラれちゃったねえジュリィちゃん?」
僕の頭上を通り越した視線にギョッとして、背後を振り返った。
すると張り付けたような笑顔のジュリィと困った顔のアガサがいたのだ。
ジュリィは眼鏡を直しながら、ゆっくりと口を開いた。
「随分と楽しそうなのでどんな話をしているかと思ったら……マシューくんをからかって遊んでいたんですね?」
「あらあら。いけなかったかしら? うふふ」
「あまり騎士学校の恥になるような言動は謹んだ方がよろしくてよ。エリエマ
くるりと踵を返したジュリィが立ち去ろうとする。
アガサが慌ててお辞儀をして、その後を追っていった。
僕は正面に向き直り、エリエマを見る。
「あの……叔母様というのは?」
「え? そのままの意味よ。ああ、もしかして知らなかった? 私の父親と、ジュリィの祖父は同じ人なの。だから叔母に当たるのよねえ」
ええと。
つまりジュリィの祖父がいい歳をして孫に近い年齢の子を妻に生ませたという話か。
元気なお祖父様ですね……。
僕が微妙な顔になると、エリエマはカラカラと笑った。
「あはは。そんなに気にしないで。ジュリィちゃんだって幼い頃は私のことを実の姉だと思い込んでいたくらいなのですもの。それに私にとってジュリィちゃんは姪に当たるとはいえ妹のようなものだから」
「は、はあ」
「んー。しかしジュリィちゃんじゃないとすると、マシューくんの好きな子はイヴァールディ家のウルザさんかしら?」
「え? いや、ウルザも友人ですよ」
「だってよ? ウルザさん?」
またしても僕の頭上を飛び越して視線を上げるエリエマ。
ギョッとして振り返るも、そこには誰もいなかった。
「あはは、引っかかった引っかかった!」
楽しそうなエリエマの笑い声がする。
僕は唖然としたまま正面に向き直った。
バスカエルも呆然としているし、ゴードニーは額に汗が浮いており笑顔が固まっていた。
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