82.これ普通に剣で斬って殺せる相手か?

 親睦が深まったかは非常に微妙だった昼休みを過ごした僕たちは、再び合同演習の指揮を取る。

 食後ということもあってあまり激しい運動もしたくはないだろうが、戦場ではそんなことも言ってられない。

 日が傾くより前まで、訓練は続けられた。




「まだまだ動きが硬かった。今後も合同演習を行う予定だ。諸君らの奮起に期待する」


 騎士学校教頭ナインドリックが締めて、魔導院の生徒たちは教師・教授たちの引率で一旦、魔導院に戻ることになる。

 学生代表バスカエルと代表補佐の僕も皆に混じって一緒に戻ろうとするが、そこへ騎士学校代表のゴードニーが「待ってくれ」と言った。


「マシュー。俺と一本、試合をしてくれないか!」


「え? 僕とですか?」


「君も剣士のようだし、腕前が気になる。ああもちろん魔術は使ってもいいぞ」


「いや、そんな勝手が許されるとは……」


 僕が言い淀んだところに、クレイグが「別にそのくらい構わないが」と試合を承諾してしまった。

 ナインドリックも「確かに一年生にして魔導院の学生最強というのは気になりますな」と興味を示した。


 騎士学校の生徒たち、そして魔導院の生徒たちも興味津々の様子だ。

 かくして急遽、僕とゴードニーの試合が行われることとなった。




 多くの学生たちが見守る中、運動場で僕とゴードニーが向かい合っていた。

 僕の持っていたショートソードはクレイグに預けて、木剣を借りている。

 さて鬼人族のゴードニーとは年齢差もあるが種族的な体格差もあり、上背でかなり水を開けられていた。

 向こうは恐らく近接戦闘に持ち込む腹積もりだろう。

 僕が借りたショートソードサイズの木剣よりふた回りほど大きな木剣を手にしているから、単純に筋力差もありそうだ。

 接近戦は不利だろう。


 とはいえ魔術を放つとしても、大怪我させるような攻撃魔術は撃てない。

 加減しても怪我をさせるだろうから、攻撃魔術を撃つなら下位属性の打撃魔術などしか選択肢はなさそうだ。

 魔術のラインナップはかなり絞られる。

 ともあれ近づかれないように、構築に時間のかからない出の早い魔術で距離を開けないことには勝機も生まれそうにない。


 ……ちょっと厳しくないか、この試合?


 クレイグに視線を送る。

 しかし呑気に煙草を吹かしているクレイグは、「なにこっちを見ている? 当然、勝つんだよな?」と目が語っている。

 はあ、と長い溜め息をついてから、僕は正面のゴードニーに向き合った。


 制服がはち切れんばかりの筋肉でパツパツになっている。

 やる気十分だな、あちらは。

 さてどうやって試合を組み立てるか。

 序盤が重要になってくるぞ、これは。


 準備が整ったと見たのだろう、審判役のナインドリックが「両者、礼!」と告げた。

 騎士学校の流儀か、お辞儀をしたゴードニーに倣って僕もお辞儀をする。


「では始め!!」


「「〈フィジカルブースト〉」」


 声を揃えて僕とゴードニーは身体強化魔術を発動する。

 そして突っ込んでくるゴードニー。

 想定以上に踏み込みが速い。


「〈パラライズ〉」


 僕がすかさず次に放ったのは、雷属性の麻痺を与える妨害魔術だ。

 ゴードニーの魔術抵抗力をあっさりと抜き、彼の全身の動きがぎこちなくなる。


「〈アクアブロウ〉」


 立ち位置を素早く変えながら、次弾を放つ。

 僕の論文で新たに生み出された、水属性の打撃魔術だ。

 もちろん威力は抑えている。

 着弾する手前で水弾が砕けた。

 どうやらゴードニーが木剣で水塊を叩き壊したらしい。


「おおおおおおおおおお!!」


 鬼が咆哮を上げる。

 かかっていた麻痺の妨害が、気合で打ち消されたらしいことが感触で分かる。

 なんて化け物だ。

 これが騎士学校代表か。


 ぐん、とゴードニーが一気に距離を詰めてくる。

 しかしそう簡単に接近されては魔導院最強の名が泣く。


「〈バーストダッシュ〉」


 背後に風を噴出して移動する加速魔術だ。

 大きな一歩でゴードニーの突進を回避しつつ、次なる魔術に繋げる。


「〈ウィンドブロウ〉」


 威力を抑えた風属性の打撃魔術だ。

 不可視の風ならば、と思い撃ち込んだが、結果はゴードニーの体勢を崩すに留まる。


 ……今の、威力を抑えたとはいえ攻撃魔術だったんだけど。


 ただの打撃ならば耐えるらしい。

 鬼人族のタフネスの高さを思い知らされた。

 衝撃に構わず、ゴードニーが突っ込んでくる。


 僕はすんでのところでゴードニーの振るった木剣を後退して回避する。

 鋭い一撃だ、そう何度も回避はできまい。


「〈ブラインドネス〉」


 闇属性の妨害魔術だ。

 魔力を込めて強引にゴードニーの魔術抵抗力を抜いて視界を奪う。


「――――!?」


「ふっ!!」


 一瞬で視界が暗闇に閉ざされただろうゴードニーに向けて踏み込み、木剣を一閃する。

 筋肉と骨の硬い感触に、僕の方の腕が痺れた。


 ……おいおい、これ普通に剣で斬って殺せる相手か?


 素早く後退した。

 案の定、僕のいた位置をゴードニーの木剣が薙ぎ払う。


 審判も止めに入らない。

 先の一撃は軽すぎたと見做されたのだろう、試合続行だ。


 こうなってくると、手加減していたこちらが馬鹿みたいだ。

 骨折くらいならトバイフが治してくれるだろう、少し痛い目を見せないと勝利できそうもないぞこれは。


「おおおおおおおおおお!!」


 鬼が再度の咆哮を上げる。

 内在する魔力の高まり。

 やはり今度も視界を奪う妨害魔術が霧散した。


 なんとも強引な手だが、初歩的な妨害魔術ならこんなものだろう。

 ちょっと痛いの行きますよ、恨まないでくださいね?


「〈スタンボルト〉」


 雷属性の電光の矢を飛ばす攻撃魔術だ。

 ただしこの攻撃魔術には対象を気絶させる追加効果がある。

 さてどうなる?


 念の為、3本の矢を一度に射出して撃ち込む。

 視界が戻ったゴードニーだが、雷を回避したり迎撃したりすることは叶わない。

 3発ともゴードニーに着弾する。


「――ッ!!」


 ぐらりと巨体が傾く。

 意識を刈り取った、そう思った瞬間だった。

 急に踏み込んできて木剣を横薙ぎに振るうゴードニー。


 おいおい、気絶したんじゃなかったのか!?


 木剣で受け流しつつ回避を試みる。

 ドラゴンを斬ったせいか、【剣】スキルのレベルが上がって5になっている。

 なんとかゴードニーの一撃の軌道をズラして回避に成功。


 ああしかしこの木剣はもう駄目だな。

 一度の受け流しで木剣にヒビが入っている。

 もう剣で勝負をつけることも、防御に使うこともできない。


 この試合に危険を感じた僕は、ゴードニーの心配を他所に置いておき、とにかく叩き潰すことにした。


「〈ストーンピラー〉」


 石柱が生まれてゴードニーに向かう。

 地属性の攻撃魔術、普通の試合ならこれは威力がありすぎるところだが、ゴードニー相手ならこのくらいじゃないと通じないだろう。


「おらああああああああ!!」


 信じがたいことに、ゴードニーは飛来する石柱を木剣の柄尻で迎撃した。

 両腕の膂力が凄まじゆえに、石柱は宙で一瞬だけ止まり、そして地面に落ちた。


 …………いやいやいや、これどうやって勝つの?


 今のは割りと怪我をさせる前提の攻撃だったんだけど。

 無傷かよ。

 ほんと強いなゴードニー。


「そこまで!!」


 次なる一手を模索する僕と、前進して距離を潰そうとするゴードニーに、審判が待ったをかけた。


「両者ともに実力伯仲。これ以上はどちらかが大怪我をする。よってこの試合、引き分けとする!!」


 審判役のナインドリックの英断で、この試合は引き分けとなった。

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