80.いや、聞いていないんだけど。

 肌寒い日々が増えてきた。

 本格的に冷えるので厚手の制服に〈ヒートアップ〉の護符を仕込む人も多くなってきている。

 僕もそのひとりであるわけだが。


 さてグレアート王国軍は日々、王都に向けて進軍しているようだ。

 噂でしか戦況は伝わってこないが、どうやら兵力差が大きく砦や街が次々と陥落しているらしい。

 このままでは本当に王都が戦場になりかねない。

 それは避けたいオルスト王国は、周辺から兵を集めて王都の手前の平原にて決戦を挑むことにしたようだ。

 この出兵に騎士学校と魔導院の学生も参加することが決まった。


 とはいえ当然のことながら学生はまだ軍人ではない。

 いくら将来有望だからと言っても素人の寄せ集めだ。

 だから王国は、学生よりも教師や教授、学生の護衛騎士たちの参加が狙いだと思われた。

 実際、クレイグは参戦することが決まっているらしい。

 この状況下で、あれだけの戦闘魔術師を王都に留め置く理由もないだろう。


 ともあれ素人の集団をそのまま戦場に出すわけにもいかない。

 騎士学校と魔導院の合同演習が行われることが決まったのが先日のことだ。

 今日はその合同演習の開催日である。


 騎士とは無属性の身体強化魔術〈フィジカルブースト〉を中心に鍛えた武器戦闘の達人たちのことだ。

 僕たち魔術師は様々な魔術を扱い遠距離攻撃をするのだが、騎士たちは鍛え抜かれた肉体と武器をもって接近して戦うのが主な役割だ。

 とはいえ僕のように魔術師でありながら【剣】スキルを持っている者もいるように、騎士にも魔術系スキルを持っている者は少なくない。

 ただ少数の例外がいるだけで、基本的には魔術の運用方法が遠距離砲撃なのが魔術師で、自己強化して近接攻撃するのが騎士という認識で間違いはないだろう。


 合同演習の場所は騎士学校の運動場を借りることになっていた。

 敷地では魔導院の方が広いが、運動場となると騎士学校の方が圧倒的に広い。

 魔導院には教授の研究棟や図書館など、魔術研究に関する施設が多いためだ。

 敷地の大部分を運動場が占める騎士学校がおかしいのかもしれないが。


 ちなみに騎士学校と魔導院は貴族街の端にあるという点で同様で、互いにそれほど離れてはいない。

 近い割りに交流が少ないのが不思議なくらいだ。




 魔導院は三学年、総勢150人の学生を一部の教師と教授が引率して、騎士学校に入った。

 出迎えるのはやはり一学年に50人の生徒を抱える騎士学校、その三学年の全員と教官たちだ。

 僕たち魔導院の生徒が黒と青の制服に丈の短いマントという出で立ちに対して、騎士学校の生徒は白と赤の制服に模造剣を腰に下げているという格好。

 対照的な装いだが、向こうは騎士見習いなだけありなんとなく体格の良い生徒が多い気がした。


 中でひとり、目立つ姿の学生が先頭に立っていた。

 額に二本の角がある筋骨隆々の鬼人族の学生である。


「ようこそ騎士学校へ、魔導院の学生諸君。俺は騎士学校三年生の首席ゴードニー。姓はない。平民だ」


 視線は真っ直ぐに正面、魔導院の学生代表に向いていた。

 こちらは肩口で切り揃えられたボブカットの男子学生、やや緊張した面持ちで挨拶を述べる。


「歓迎に感謝する。魔導院三年生首席、バスカエル・セーブリーだ」


 バスカエルは、セーブリー男爵家の次男である。

 座学も戦闘もこなすが、どちらもトップではない二番手で、総合成績で首席を張っているらしい。

 ちなみに三年生の座学のトップはクレイグの弟子であるアイリンダだそうだ。

 伊達にクレイグの弟子になってはいない。

 戦闘は得意ではないと彼女自身は考えているようだが、闘技大会で準決勝まで残るくらいには強い。


 さて互いの代表が挨拶をしている間に大人たちも挨拶を終えていた。

 魔導院の教師・教授の代表はクレイグだ。

 我が魔導院きっての戦闘魔術師であるわけで適任なのだが、いかんせん彼はこういう矢面に立たされる役割より研究を好むため、嫌々で引き受けたのが僕からは透けて見えた。

 とはいえ研究を言い訳にせずに出張ってきた辺り、学生たちを本格的に鍛えないと死人が出る、と判断したのではないだろうか。


 ……あれで面倒見がいいから、学生を見捨てるような冷血漢にはなりきれないんだよなあ。


 内心でそんなことを思っていたのを察知したのかどうかは分からないが、半眼のクレイグと目が合った。

 一瞬ギクリとしたが、この大勢の中では文句も言えまい。

 そう高をくくっていたのだが、何故か「おい一年生のマシュー、こっちに来い」と呼び出された。


 意外な展開に驚きつつ、しかし呼び出されたものは仕方がない。

 大人しく集団を抜けてクレイグの元に向かう。

 そこには魔導院の教師・教授たちと騎士学校の教官たち、そして先程、魔導院の代表として挨拶をした三年生首席のバスカエルと、騎士学校の代表として挨拶をした鬼人族のゴードニー、そして知らない騎士学校の女子学生がいた。


「おお、君がマシューか! 魔法大祭の闘技大会は貴賓席で見せてもらった。一年生なのに優勝するとは凄いな!」


 ゴードニーが一点の曇もない眩しい笑顔で言った。

 僕は「ありがとうございます」と応えながら、そういえば闘技大会の貴賓として騎士学校の三年生の首席を招くのが恒例だったな、と思い出す。

 ちなみに魔導院の三年生の首席も騎士学校の体育大会に招かれるのが恒例のはずだ。


 クレイグは「こいつが魔導院で最も戦闘に長けた学生になる。今後は魔導院の学生代表補佐を務めさせるので、よろしくやってくれ」と言った。


 ……いや、聞いていないんだけど。


 しかし先方に先にそう伝えられてしまっては、僕としてもいまさら文句のひとつも言えない。

 三年生首席のバスカエルも「今後は一緒に行動することが増えるのでよろしくな」と言われた。


 騎士学校の教官の代表らしい総白髪の老教官が「私は騎士学校の教頭で名をナインドリック・メーヌという。こちらの女子生徒は三年生の座学最優秀のエリエマ・ヘルモードだ。エリエマは騎士学校代表補佐を務める」と告げた。

 紹介を受けたエリエマが直立不動の姿勢を取る。


「エリエマ・ヘルモードといいます。マシューくんはジュリィちゃんと仲良くしていると聞いているわ。私のことは気軽にエリエマと呼び捨てでいいからね?」


「え、はい。マシューです。よろしくお願いします、エリエマさん」


「呼び捨てでいいと言ったのに。まあいいけど」


 ニコニコした笑顔はどことなくジュリィに似ている。

 しかし歳の近い姉がいたとは知らなかった。


 クレイグはナインドリックと笑顔で握手を交わしながら「今日の合同演習を実りあるものにしましょう」と言った。

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