第五章 学徒動員

79.炎竜を倒したあの夜から数日。

 炎竜を倒したあの夜から数日。

 魔導院が通常の授業を再開した。


 そもそも魔導院が授業を中断せざるを得なかったのは、教授陣が研究用のドラゴンの素材の確保に動いたためだった。

 ドラゴンの素材は稀に拾える鱗などを除けばかなり希少だ。

 だから授業を放り出して多くの教授がドラゴンの素材の確保のために王城へと交渉しに行った。

 良く言えば研究熱心だが、悪く言えば周りが見えていないとも言える。

 いや実際に周りなど見えていなかったのだろう、王城に飾られたドラゴンの死体の中身は見物客がそうと分からないよう日に日に目減りしており、中身を持ち帰った教授たちはこぞってドラゴンの内臓だの血だのを錬金術の秤に乗せていたのだから。

 教授陣がこれでは、とても通常のカリキュラムで授業を組めないのである。


 なお重要なドラゴンの眼球ふたつともをしっかりと確保していったのは、我らが教授クレイグだった。

 ドラゴン討伐の功労者である彼は、褒賞としてドラゴンの両眼球を指定して、内臓を取り合う教授陣をよそに研究室でのんびりと自分の研究を進めていた。

 後に解体されたドラゴンの眼球を入手したクレイグは、保存魔術で素材を保管して他の教授陣たちに見せびらかしたという。

 そして最も高値を付けた教授に売り払ったらしい。

 なんでも好事家のコレクションにするには惜しいので、最初から研究に使ってもらえる教授に売り払うことにするつもりだったそうだ。

 クレイグ自身はドラゴン素材の研究に興味はないらしい。


 さて魔導院での日常が戻って来たものの、すべてが以前と変わりないと言えばそうでもなかった。

 なにせ戦時中だ。

 どうしても授業の内容が戦闘用の魔術に偏るのである。

 これは教師陣が、学生たちが生き延びる可能性を広げるために授業内容を戦闘寄りにすることに決めた、という噂を聞いた。

 多くの卒業生の進路が王城の魔術師団であることを考えると、妥当と言える判断だろう。

 しかし現役の学生にもこの方針は無関係ではなかった。


 実は戦争の状況だが、苦戦しているのだ。


 というのも隣国グレアート王国は我が国オルスト王国の王都を陥落させようと目論んでいた。

 それは騎竜による奇襲だけでなく、兵力も王都へ向けて集中していたらしい。

 故に王都から最も近い国境近辺には敵兵が大量にいて、じわじわと国内へ侵入されているという状況なのだ。


 対するオルスト王国の戦略は、冬の寒さの影響の少ない南方方面から攻める予定で兵士を南に集めていた。

 この戦略自体は成功を収めている。

 南部の国境を侵し、砦や街を幾つか攻め落としているという話だ。


 しかしオルスト王国の王都が陥落したら、それもすべて水の泡である。

 本格的な冬が来る前にオルスト王国の王都へグレアート王国の軍勢が攻め上がってくる公算が高いらしい。


 そうなったら王都が戦場になる。

 少しでも兵力をかさ増しするためにも、騎士学校と魔導院の学生たちが戦争に巻き込まれる可能性が高いのだ。

 そのため授業は実戦を想定して対人戦の訓練などが今後、追加されていく見込みらしいという噂が出回っている。




 昼食の時間。

 いつもはキリリとしている侯爵家の4人も、午前中の授業が持久走だったためやや疲れが見えていた。


「午前中の授業は大変だったね。さすがのマシューも疲れ果てている様子だし」


 トバイフが苦笑しながら言った。

 僕は力ない笑顔を返す。


「帯剣しながら走り続けるのがこんなに大変だとは思わなかったよ。重心が偏るから走りづらいのなんのって……」


 運動の授業では女性がスカートからズボンに着替えるくらいで、普段の制服のままなのだ。

 そのため僕は普段通り帯剣していたので、余計な荷物を抱えて走るハメになったというわけである。


「そもそも騎士でもないのに帯剣しているのがおかしいのではないか?」


 エドワルドが半眼になって僕に視線を向けた。

 確かにそうなのだが、魔術の間合いの内側での戦いともなると、剣はなかなかに頼りになるので手放せないのだ。


「飾りじゃないんだよ。これでも一応、【剣】スキルがあるんだ」


「ほう。魔術だけでなく剣も扱えるのか」


 エドワルドが感心したように言う。

 少し迷った風を見せてから、彼は「俺も騎士学校に行こうとしていた時期があったのでな。多少の心得はあるが……トバイフには勝てなかったな」と言った。

 意外な言葉に、皆がトバイフに視線を集めた。


「え、やだなあ。幼い頃の話だよ? 今はもう全く使えないからね」


「もったいないと思ったものだ。続けていれば、立派な騎士になれただろうに」


「もう止めてってば……」


 掘り返されたくない事情でもあるのか、割りと嫌がっているトバイフ。

 エドワルドも「分かった分かった」と言って会話を打ち切る。

 僕は当たり前のことだけど、四侯爵家の面々は子供の頃から社交界などで交流があったのだなと今更ながらに思った。


 ウルザはもともと魔導院に進学するつもりでいた。

 騎士系の家系であるヘルモード侯爵家がジュリィを魔導院に進学させたのは僕を狙ってのことだが、トバイフとエドワルドはどんな心変わりがあって騎士学校ではなく魔導院を目指すことにしたのだろうか。

 友人としては気にならないでもないが、こんな食事の席で聞くような話題じゃないな、と思って僕は話題にするのを止めた。


 ◆


 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。

 第五章は今日から毎日更新です。どうぞお楽しみください。

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