2.僕だってアガサのことが好きだ。

 翌朝、旅装を整えて村に挨拶に向かうと、村人総出で僕を待ち受けていた。


「マシュー!! 王都へ向かうとは本当なのか!?」


 村長が代表で問うてきた。


「はい。父の遺言です。父に何かあれば、王都の友人に頼れとのことですので」


「そうか……。君たち親子には世話になった。なにせ小さな村だ。生活魔法くらいしか使える者もおらんからな。まだ10歳にもならない子供に旅をさせるのは不安だ。もう少し、せめて10歳になるまでこの村に滞在してはどうか?」


「いえ……ズルズルと居着いてしまいそうなので。旅の途中で10歳になるでしょうし、僕は父の遺言通りに王都へ向かいます」


「そうか……」


 村長の後ろから、ひとりの少女が「行っちゃやだ!!」と目に涙を浮かべながら叫んだ。


「マシュー!! ひとりで王都へ行くなんて危ないよ!! この村で暮らせばいいじゃない!!」


「いやアガサ。僕は王都へ行くよ。君と離れ離れになるのは寂しいけど。王都へ行けばまた魔術が学べるかもしれない。少なくともこの村じゃ、僕はこれ以上の魔術師にはなれない」


「そんなの……いいじゃない、十分に魔術が使えるでしょマシューは?」


「いや、僕は半人前だから。もっと魔術を学びたいんだ」


「…………私と離れ離れになっても?」


「ごめん」


「っ!!」


 アガサは踵を返して走っていってしまった。

 アガサの両親である雑貨屋の店主が「アガサはマシューのことが好きなんだよ」とボヤいた。

 そんなこと、僕にだって分かっている。

 僕だってアガサのことが好きだ。

 彼女の笑顔は僕の胸を暖かくしてくれるし、彼女の泣き顔を見れば僕の胸はキリキリと痛むのだから。


 でもこの村に永住すると思うと、ゾッとしない。

 長い一生を僕は魔術師として生きると父に誓ったのだ。

 生涯をかけて立派な魔術師になることが僕の人生の目標。

 できればそこにアガサが横にいてくれたら、とも思わなくもない。

 けれど……ああけれども僕は大馬鹿なのだ。

 魔術師としての高みを目指すためなら、アガサと二度と会えなくても仕方がないと思っているのだから。


「すみません。それじゃあこれで」


「ああ、マシューよ。これは村人からのせめてもの手向けだ」


 村長が布に包まれた細長いものを寄越してきた。

 なんだろう、と布を解くと、なんとそれはショートソードだった。


「魔術師には不要かもしれんが、腰に差しておきなさい。何の武装もしていない子供だと侮られるからな」


「ありがとうございます」


 素直に受け取ることにした。

 村の鍛冶師のお爺さんの作だろうか?

 鞘は新品のようだし、少しだけ覗いた刃も美しい鋼だった。

 安い代物ではないだろう。


「それでは……いってきます」


 僕はショートソードを腰のベルトに差して、村を出た。

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