幕間
イスリス・アレクシス
イスリスは蔵に仕舞われていた土塊の塊を、護衛騎士に運ばせて庭に置かせた。
この土塊はゴーレムの素体となる特殊な粘土である。
昨日、イスリスが観戦した闘技大会は熱かった。
派手に魔術を放ち合い互いを破壊せんと技量の限りを尽くす様は、美しくさえあった。
……私もあんな風にゴーレムを動かしたい!!
そう思っても仕方がないくらい熱狂したのだ。
アレクシス家の蔵に写し身のゴーレムの素体があると知っているイスリスが我慢する理由はない。
「イスリス様、ご当主様に無断で写し身のゴーレムを動かして構わないのでしょうか?」
「アレクシス家の家督を継ぐだろう私が良いと言っているのですから、問題ないでしょう。ただゴーレムを動かすだけで問題になるとは思えませんし」
「そう……なのでしょうか?」
専属侍女が不安そうに首を傾げた。
イスリスは土塊と同じ場所に保管されていた書箱を開ける。
書箱の中には冊子が入っており、写し身のゴーレムの素体の扱いが載っていた。
イスリスは冊子の通りに粘土に魔力を流して人型に整形する。
粘土は多めなので、イスリスの体重から余る分は切り離す必要があったが、その工程も問題なく終わった。
雑に人の形となった特殊な粘土に、次は運動着を着せる。
冊子にも注意書きがあったが、このまま写し身のゴーレムと接続すると術者が全裸で現れるという危ない仕様になっていた。
というか素朴な疑問として、何故にゴーレムの外見まで術者と瓜二つにせねばならないのだろうか。
イスリスはちょっと気になったが、それは今、重要なことではないと判断して後で父に聞くことにした。
着替えには護衛騎士も動員してなんとか服を着せることに成功した。
特殊な粘土は関節が動くわけでもなく直立姿勢だったので、持ち上げて衣服を着せる必要があったのだ。
さすがに下着は省略した。
専属侍女と護衛騎士は全員女性とはいえ、自分の下着を粘土に身に着けさせるのにはなんとなく抵抗があったからだ。
さて準備はできた。
あとは接続するだけだ。
イスリスは素体に手を当てて、接続を開始する。
……うん、問題ないわね。
写し身のゴーレムはイスリスと接続され、今度はステータスと外見を写し取る工程に入る。
イスリスは自分の情報が吸われるような不思議な感覚を覚えつつも、抗うことなく身を任せた。
するとゴーレムはイスリスと瓜二つになった。
運動着を着て、庭の芝生の上に横たえられた状態のイスリスにしか見えない。
「よし、立って」
イスリスのゴーレムはちゃんと関節を動かしてスムーズに立ち上がる。
試しにその場でジャンプさせたり、ちょっと歩かせたりしてみるが問題なかった。
「じゃあこのまま訓練場に行って、魔術を撃たせましょう」
ハラハラしている周囲の者たちを連れてイスリスはアレクシス伯爵邸にある訓練場に向かった。
魔導院にある訓練場より狭いものの、ひとりふたりの魔術師が使う分には問題ない。
イスリスたちが訓練場に着くと、マシューがいた。
マシューの専属侍女であるカーレア、護衛騎士であるユーリとルカもだ。
マシューは土でできたゴーレムを操作していた。
昨日は久々にクレイグが帰宅しており、マシューにネチネチと小言をぶつけていたのだ。
イスリスは何も優勝したマシューに小言を言うことはないと思ったのだが、父からしたら苦戦しすぎということになるらしく、ゴーレム操縦の自主訓練をしておくようにとマシューに告げていた。
「マシュー先輩、お疲れ様です」
「ああ、イスリス様。…………それ、写し身のゴーレムですか」
「はい。昨日の熱狂が忘れられなくて……私もゴーレムを動かしたくなったんです」
「なるほど。それじゃあ一旦、僕は退きますね」
訓練場を空けてくれたマシューにイスリスは礼を言ってから、ゴーレムをレーンに立たせた。
……やっぱり派手めな攻撃魔術を撃たせたいな。
イスリスは自分の使える魔術の中で、派手な見た目の攻撃魔術を思い浮かべ、その中からひとつを選択した。
そしてゴーレムに撃たせるべく、魔術を構築する。
「〈ライトニングレイ〉」
雷属性と光属性の複合魔術で、イスリスが行使できる中は最も強力なものだった。
一直線に雷光が走り、的を吹き飛ばした。
「へえ、こんな感じなんですね」
イスリスは自分で魔術を撃たずにゴーレムに撃たせることに新鮮味を感じた。
その夜、イスリスは夕食の席で父に質問をぶつけた。
「お父様、なぜ写し身のゴーレムは術者と瓜二つに外見を変化させるのでしょうか? あれやりすぎじゃないですか?」
「……そうだな。あれはもともと失敗作を転用したものだからな」
「失敗作?」
イスリスの質問にはマシューも興味を覚えたようで、クレイグに視線を向ける。
クレイグは面倒くさそうに「それ以上の説明がいるのか……」と呟いた。
「いいか、あれはもともと実体をもった分身となるゴーレムを創造するという計画のもとに作り出されたのだ。計画の目標では自分と同じステータスを持つゴーレムを作り出して、囮として使ったり砲台として使ったり、自分の作業を代行させたりと、使い勝手の良いものを目指していた」
「あら、でもそれなら計画の目標は達成されているのでは?」
「いや、目標スペックには程遠い。まず同時に複数体を操作したかったらしい。そして自分と同時にゴーレムが魔術行使を行える必要もあった。写し身のゴーレムはどちらもできないだろう」
「確かに。1体しか操縦できないし、ゴーレムに魔術を撃たせるなら自分は魔術の構築と魔力消費を代行しなければなりませんね」
「……そういう理由で、計画は頓挫したのだ」
「ふうん。でも闘技大会に転用する際に、外見の模倣機能は削除されなかったのですか?」
「……ああ、一般人が見る分には見た目が良いという理由でそのままにされたはずだ」
「もしかしてお父様。エロい目的で写し身のゴーレムを利用しようという計画もあったのでは?」
「…………なぜそう思う」
「だって服を着せなければ大事なところが見えてしまうだなんて、不良品もいいところでしょう? むしろ計画にエロい目的が含まれていなければ、あそこまで精巧に写し取る必要はないと思います」
「…………まるで服の下を見てきたような言い方だな」
「えへ」
クレイグは目を細めて自分の娘に「もう少し恥じらいというものを持て」と言った。
「持っていますよ? でもそれとこれとは別です。で、実際、どうなんですか? エロい計画があったんですよね?」
「……ああ。なかったとは言わん。だが食事の席で語る気はないな」
イスリスは「それは残念です」と言って、確かに食事の席でする話題ではなくなっていることに気づいた。
ちなみにマシューはいつの間にか素知らぬ顔で食事に戻っている。
イスリスの興味はひとまず解消した。
写し身のゴーレムは準備が面倒だし、対戦相手がいなければ闘技大会のような実戦形式での操縦はできないし、ただ自分に瓜二つのゴーレムというやや気持ちの悪いものを現出させるだけで思ったより面白くはなかったのだ。
もともとがいかがわしい計画に絡む物だと聞いて、余計にあのゴーレムを玩具にすることに抵抗も感じる。
かくしてイスリスは翌年、魔導院に入学して闘技大会に出場することになるまでゴーレムに触らないでおこうと内心で決めたのだった。
◆
次の更新は来週11月22日です。
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