14.肝が太すぎないか?
「じゃあまた明日ね。マシュー」
「はい、まだ早いですがお疲れ様でしたウルザ様」
僕は馬車から降りて、ショートソードを受け取った。
馬車は村の奥へと進んでいく。
きっと村長のところへ宿泊しにいくのだろう。
「よう、お疲れ様だったな、マシュー」
「貴族のお嬢様とのお喋りはどうだった?」
「…………疲れた」
ユーリとルカが吹き出した。
もう、こっちは本当に疲れたんだけど。
「また明日って言われてたぞマシュー。気に入られたんじゃないのか?」
「マシューくんも隅に置けないわねえ」
「やめてよ……生きている世界が違うって思い知らされたよ」
お腹が空いたら「おやつにしましょう」と言って甘いお菓子を侍女ティシーが出してくるわ、「喉が渇いたわ」と言えば紅茶が出るわで旅に対する意識が根本的に違っていた。
挙げ句に「マシューは故郷でどんな生活をしてきたの?」とか「魔術師になりたいと言っていたけど、今時点でどの程度の魔術が使えるの?」とか質問攻めだ。
前者はともかく、後者は真面目に答えるとマズそうだからお茶を濁したけど。
明日も相手をすると思うと、今から疲れる。
ともあれ貴族のご令嬢の希望を聞かないわけにはいかず。
僕は翌日もウルザの馬車に乗ることになる。
「そういえばマシューはどこへ行く旅をしているの」
「僕は父の友人だという、王都にいるクレイグ・アレクシスという人に会いに行く旅の途中です」
「まあ。アレクシス伯爵のことじゃなくて? 魔導院の教授を務めていらっしゃる大魔術師よ」
「知っているんですか?」
「面識はないわ。でもアレクシス伯爵家は新興の貴族で、娘はいるけど息子はいなかったはずだから、多分ご当主のことだと思うけど」
伯爵家の当主?
そんな人と父は一体、どういう関係だったんだろう。
遺書には無二の親友とまで書いてあったけど、平民と貴族がそんな風に仲良くなれるものなのだろうか。
僕が頭に疑問符を並べていると、ウルザは「もしかすると魔導院でマシューと会えるかもね」と言った。
「マシューがアレクシス伯爵に気に入られれば、学費くらいは負担してくれるでしょうし。10歳にもならないのに〈クレンリネス〉を習得しているというじゃない。伯爵が才能をお認めになれば、あるいは……」
ウルザがせがむものだから、旅の話をしたのだ。
そのため〈クレンリネス〉が使えることも話してある。
ただ時空魔法や八属性すべてが使えるのは言ったらマズそうなので、使える魔術は誤魔化しているが。
それでもステータスが開けない歳で〈クレンリネス〉という複合属性の魔術を使えるのは凄いらしい。
「まだどうなるか分からないよ。父とクレイグ・アレクシスという人が実際にどういう関係だったのか分からないし」
「友人というからには若い頃に親交を得ていたのでしょうね。マシュー、あなたのお父上は若い頃、魔導院にいたのではなくて?」
「……そんな話は一度も聞いたことはないけど。ただ父が若い頃、そもそもどんな生活を送ってきたのか僕は聞いたことがないから分からないな」
「アレクシス伯爵の知己を得ていたというのなら十中八九、魔導院に違いないわ。あそこは貴族も平民も関係なく、魔術の腕前が何より重視される場所だと聞いているもの」
「貴族も平民も関係ない……そんな場所もあるんですね」
「だからきっとそこで――」
そのとき、ウルザの横にじっと座っているだけだった侍女ティシーが急に窓の外に視線をやり、「お嬢様、どうやら賊のようです」と告げた。
「間違いなくお嬢様を狙った賊でしょう」
「あら、イーヴァルディの騎士たちが負けるはずはないわ。賊には悪いけど、こればかりは、ね」
ウルザは平然と言い放った。
僕は賊と聞いて驚いて窓の外を見る。
しかし位置が悪いのか、賊とやらは見えなかった。
その代わり騎士たちが警戒を強めているのが見える。
馬車に随伴していたユーリとルカもピリピリしているから、賊の襲撃に直面しているのは本当らしい。
「あの、ウルザはなんで狙われているの?」
「……イーヴァルディ家の領地から出ているから攫って身代金でも取ろうとしている、なんて話じゃないでしょうね。どこぞの貴族が私を邪魔に思って消しに来ているのでしょう」
「敵が多いんですか、その、イーヴァルディ家は?」
「貴族ならば敵も多いわ。ウチは特に侯爵家だもの。イーヴァルディの娘を手に入れたらさぞ使い道が多いことでしょうね」
「…………ん?」
あれ、いま侯爵家って言ったか?
ウルザってとんでもなく身分の高いお嬢様なのでは。
馬車の外では戦闘が始まったようだ。
騎士たちが声を張り上げている。
ユーリの姿が見えない、きっと賊に切り込んだに違いない。
ルカは馬車の傍で炎の攻撃魔術を放っていた。
外の様子が気になるが、馬車の中からだと分からない。
しかし騎士たちの表情に苦戦の色がないことから、賊を順調に討伐できているのだと思われた。
ルカもガンガン魔術を撃っているということは、賊が馬車に近づけずにいるという証左だ。
しばしの時間、荒々しい声を上げていた騎士たちが静かになった。
ティシーが「どうやら終わったようです」とウルザに告げる。
「では騎士たちを労わないとね」
ニコリと微笑みながら言ったウルザ。
貴族のご令嬢ともなると襲撃されるのも慣れたものなのだろうか?
……肝が太すぎないか?
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