第6話 二と三を間違える
あっという間に二週間が経ち、第二王子イアン・ウィルモット十歳の誕生日パーティーが開かれた。
早々に俺とノエルは王家への挨拶を済ませた。
「ノエル、これ以上は近づくのは難しそうだよ。祝われる人はあそこから動かないんだから」
遠回しにこれ以上王家に近づくなと言っているのだが、ノエルは得意げに言った。
「大丈夫ですわ。お兄様が主人公であるならば必ずや出会いのチャンスがあるはず」
つまり、主人公でなければ出会わないということだ。
「お兄様、こちらですわ」
「どこ行くの?」
ノエルが辺りを見渡しながらコソコソと歩いているので、その後ろを俺は堂々と歩いた。
「終始あそこに座っている人なんていませんわ。一度は休憩に入るはずなのです」
「でも何でこんな裏に回るの? パーティー会場あっちだよ」
パーティー会場とは離れた場所にある回廊に辿り着いた。
「漫画やアニメでは、こういった回廊が背景に描かれているのですわ。出会いイベントがあるとすればきっとここに違いありませんわ」
まんが? あにめ?
ノエルは、また新たな言葉を考えだしたようだ。その発想力はすごいと思う。ただ、やっていることがしょうもない。
俺とジェラルドの結婚、つまり同性同士の結婚を認めてもらおうと、王家の人間とお近づきになる作戦。正直早く帰りたい。
「こちらに隠れて待ってみましょう」
俺とノエルは柱の影に隠れて人が通るのを待った。
数十分後——。
「誰も通らないよ」
「おかしいですわね」
「ノエル、パーティー会場戻ろうよ」
「そうですわ! わたくしがいるからいけないのかもしれません。こういうのは二人きりで出会うものなのですわ」
閃いたとばかりにノエルは言うが、一人になったからといって出会えるなら苦労はしない。
「はいはい。俺が一人で歩いたら良いの?」
「はい! そこはかとない表情で歩いて下さいませ」
そこはかとない表情とはどんな表情だろうか。いざしろと言われれば分からない。
こんな感じかな? それっぽい感じの表情を作って端の方から回廊を歩いてみた。十歩くらい歩いたところで、俺は一体今何をしているのだろうかと自分の行動に呆れていると、前の方から少年が歩いてきた。
嘘、本当に?
逆光になって顔が見えずらいが、服装が先程見たイアンの服装とは違った。
なんだ。一瞬本当に自分は主人公なのかと錯覚してしまった。
そのまま何食わぬ顔で軽く会釈をして通り過ぎてみると、名前を呼ばれた。
「ねぇ、もしかして、オリヴァー・ブラウン?」
「え?」
驚きの余り振り返ると、そこには赤髪の目がクリッとした可愛らしい少年が立っていた。もちろん知らない人だ。
「どうして俺の名を?」
「ピンクの髪は珍しいから」
そうかもしれないけれど……もしかして外で俺は有名人だったりするのだろうか?
「君の名を聞いても?」
「リアムだよ。リアム・ウィルモット」
どこかで聞いたような……ウィルモット……この国の名前だ。
「え? 王族? あ、申し訳ございません」
俺は咄嗟に謝罪した。するとリアムは困った顔をしながら応えた。
「良いよ。僕は表に出ないから顔が知られてないんだ。一応、この国の第三王子だよ」
「お初にお目にかかります」
「かしこまらないで良いよ。歳も同じなんだし」
「ありがたき……いえ、ありがとうございます」
しかし、何故俺の名前と年齢まで知っているのか。聞いても良いものだろうか。
「あのー」
「君度胸あるよね。顔も知らないのに手紙寄越すなんて」
「は? 手紙?」
「君じゃないの? これ」
「少々拝借しても?」
リアムから手紙を受け取り、封筒の裏を見た。宛名にはしっかりと書いてあった。俺の名が。しかし、この字は俺ではなくノエルの字だ。
そして、中の便箋を出して開いて見ると長々と名前から好きな食べ物、趣味など事細かに俺の自己紹介が書かれていた。そして、今日この日に回廊で待っていることも書かれている。
「なんでこんな手紙送ってきたの?」
「あ、えっと……」
リアムの顔はやや怒っているように見える。不敬で罰せられるのかもしれない。ノエルが勝手に送ったと言えば、ノエルだけが悪者になってしまう可能性もある。妹のしたことは兄の責任。
「申し訳ございません。リアム殿下と親しくなりたかったものですから」
「顔も知らなかったのに?」
「はい、駄目でしょうか?」
恐る恐るそう言うと、リアムはふっと笑った。
「良いよ。僕の側近にでもなる?」
「そんな……畏れ多いです」
「冗談だよ。とりあえず来週遊びに行くね」
リアムはニコリと笑って去っていった——。
何とか乗り切ったが心臓に悪い。何だったんだ今のは。
「お兄様!」
ノエルが柱の影からヒョコッと嬉しそうに出てきた。
「ノエル駄目じゃないか! 勝手に便りなんて出したら。しかも知らない人に」
俺が叱るとノエルは口を尖らせながら言った。
「知らない人ではありませんわ。わたくしはしっかりと第二王子様宛にお手紙を出しましたわ。本日挨拶を済ませたので、もう知り合いも同然ですわ」
「さっきのは第三王子だったよ。挨拶も済ませてないから知らない人だよ」
「え、マジ? いえ、それは本当ですの?」
「ノエルのことだ、二と三を書き間違えたんでしょ。まぁ、過ぎたことはしょうがない。来週うちに遊びに来るそうだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ノエルの顔がパァッと明るくなった。
「つまりは、王族の方とお近づきになれたというわけですわね! 二と三は違えども計画成功ですわ」
手放しで喜ぶノエル。
——このリアムとの出会いは今後俺の人生を大きく左右することに。
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