第27話 怪現象④ すすり泣く理由
サキュバス、その名を聞いてこの村の怪現象の謎が解けた。
サキュバスは夢を介して男性を誘惑する。淫らな夢を見せ、心身に失調を起こす程の快楽を与えるのだとか。モテない男には願ったり叶ったりな悪魔だと以前読んだ本に書いてあった。
皆が口々に話す良い夢とはそういう……? そして、今現在エドワードは夢の中で……。
俺は顔がみるみる赤くなった。ノエルも同様の見解に行きついたのだろう。両手を頬に当てながら顔を赤らめている。
良い夢ならそのまま邪魔をしない方が良いのだろうか。後から光魔法を施せば元に戻るし……。
「でも、エドワードは何で急に眠ったんだろ。人が眠ってから夢で誘惑するんじゃなかったっけ?」
「知りたい?」
サキュバスは闇のベールを纏いながら俺にゆっくり近づいてきた。
「まさかお兄様まで……キャッ」
何でそんな嬉しそうなんだノエル。
「大丈夫よ。子供には手を出さないから。催眠の方法を教えてあげるだけ」
「また子供って……」
エドワードは一つ年上なだけだ。大して変わらない。それに昨日なんてジェラルドまで被害に遭っている。同い年なのに。
サキュバスに手を出された方が良いのか悪いのか、複雑な気分になっているとサキュバスの金色の瞳に片方だけ魔法陣が浮かび上がった。その瞳に魅入られ、見つめ合うこと十秒。
十秒見つめ合うと、人は恋に落ちるとノエルは言っていた。まさか、こうやってわざわざ恋に落としてから夢の中で?
「あら? あなたどうして術にかからないの?」
俺の考えは違ったようだ。サキュバスは戸惑いながら俺の斜め後ろにいるノエルを見た。
「ノエル!?」
急にノエルは脱力し、ふらっと倒れそうになったので体を支えた。エドワード同様に眠っているようだ。
「良かった。魔眼がおかしかったわけじゃないようね」
「魔眼?」
「この眼を見た者は一瞬で眠りに落ちるのよ」
何故俺は眠らないのか。だが、それよりも……。
「ノエルに何かしたら許さない」
サキュバスを睨みつけると呆れた顔で言われた。
「女にも手は出さないわよ。眠ってるだけ」
その言葉に安堵した俺は、ノエルをそっと壁際に座らせた。
俺はサキュバスに向き直り、再び臨戦態勢をとった。
「村の人達にこれ以上手を出すな」
「あれは私じゃないわ」
「え? でも昨日の二人の状態は村の人と同じで」
「そりゃ、同種族がやったからに決まってるでしょ。あの女腹立つのよね」
村の異変とこのサキュバスに関係がないのなら任務はここで終了だ。いや違うか。
「すすり泣いてたのは何故?」
サキュバスに今までの余裕はなくなり、慌て始めた。
「え、聞かれちゃってたの?」
「村中の噂になってるよ」
「うわー、恥ずかしい。もうここに居座れないじゃない」
サキュバスは顔を真っ赤にさせている。触れちゃいけないプライベートなことかもしれない。調査依頼の為と思って聞いたが、無理に踏み込むのも可哀想だ。
「村のことと関係ないならもう帰るよ。エドワードを返し……」
「私、落ちこぼれなのよ」
「え?」
「サキュバスは夢の中で、その、えっと……」
サキュバスは恥じらって続きを言えないでいる。
「と、とにかく、淫らな夢を見せられなくて、さっき言ってた女に馬鹿にされ続けてるの」
「じゃあ、今エドワードは何の夢見てるの?」
「あの子は夢の中でお喋りしてるだけよ。昨日の氷漬けにされそうになった子にはお腹いっぱいご馳走したら満足してたわ」
いやらしい妄想をしていた自分が恥ずかしくなってきた。
「でも、二人とも精気がなくなったような感じだったけど」
「どんな形であれ、相手を満足させてあげることが出来れば奪い取れるのよ。ただ、子供や女性には負担が大きいから私は手を出さないようにしてるけど」
思ったよりも優しいサキュバスなのかもしれない。
「つまり、すすり泣いてたのは……」
「悔し泣きみたいな、そんな感じよ。その証拠に私の角って小さいでしょ?」
サキュバスが頭を見せてきたので、俺は背伸びをして覗き込んで見た。
「うん。可愛いのがついてるね」
「か、可愛い? 本当に?」
「うん。小さくて可愛い」
今までもサキュバスは恥じらいながら話していたが更にモジモジし始めた。
「で? その可愛い角がどうしたの?」
「うん、えっと、その……性的に満足させて奪い取ったものなら大きくて太い角になるんだけど、そうじゃなかったら成長しないの」
色々事情があるんだなと思っていると、サキュバスがやや俯いた。
「それを知っても可愛いって思う?」
「うん」
角がコンプレックスなのだろうか? 気にしなくて良いのにと周りは思うが、本人は気になるのだろう。
サキュバスは再び顔を上げて、決心したかのように言った。
「私、あなたの手助けをするわ。一緒にあの女を倒すわよ」
「でも仲間割れになるんじゃ……」
「同種ってだけで、仲間じゃないわ。村の人を助けたいんでしょ?」
サキュバスの迫力に圧倒されて、俺は頷いた。
まさか女悪魔と手を組むことになろうとは。
そして、サキュバスの角を褒めるという行為は、求愛行動と同義だということを俺は知らない——。
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