第50話 リアムの闇のひとつ
リアムが震えている理由が分かった。
リアムの母は国王の側室。呪いの子を産んだと王族からも罵倒されても笑顔を絶やさず我が子のリアムに対しても優しく接する。しかし、それは外で見せる顔。
一歩中に入ってしまえば、その優しい顔が醜く歪むのだとか。主に暴力でリアムに八つ当たりするらしい。
——普段はそんな顔見せないが、心の傷は確かにリアムに刻み込まれている。
「だからね、背中とかにあざがね……」
「そっか。それで温泉躊躇ってたんだね」
そして、何故今回リアムが過剰にその過去に囚われているのかというと、孤児を保護しているベンを見ると母を思い出すようだ。
「でも、さっきの男は母上と違って普通に良い奴かも」
「もしそうなら、良い人に保護してもらって良かったね。で、終わらせれば良いよ」
「でも、また面倒ごとになったり……」
いつになくリアムは気が小さくなっている。そんなリアムにジェラルドが言った。
「今更何言ってんだよ。面倒ごとなんていつもの事だろ?」
いつも面倒ごとを嫌がるジェラルドだが、何だかんだ付き合ってくれる。昔から良い奴なのだ。
そして、エドワードは更にこういった事を許せない。
「昼間の女の子も隙を見て逃げ出してたのかも。虐待されてるなら一刻も早く助けてあげないと」
「じゃあ、決まりだね。明日はあの男を探ろう」
「お前らがどうして各地に名を残してるのか理由が分かったよ」
「キースは反対?」
「反対な訳ないだろ。オレもその手の話は許せねぇ」
皆が賛同した所で、明日はベンの身辺調査を行うことに。
◇
ベンの居場所はすぐに見つかった。何故なら、孤児を保護している善良な民として村中の噂になっているから。
誰に聞いてもベンを悪く言う人はいない。それくらい評判が良い。
「逆に怪しいよな」
しかし、これだけ誰もベンを悪く言わないということは、真正面から挑んでも確実に裏の顔を見せないだろう。
今もベンの屋敷のそばで様子を窺っているが、カーテンは閉め切られ、中の様子が見えない。
「それにしても、大きい屋敷だね」
平民の家とは思えない程に大きい。その疑問にリアムが応えた。
「孤児を複数人保護する人には国から援助が出るんだよ。確か、一人につきいくらかのお金と住む場所が提供されたかな」
「じゃあ、これだけ大きいってことは、それだけ孤児が?」
「二人三人ではないってことは確かだね」
「教会で働けば良いのにな」
教会ならシスターなど、世話係もいるので個人の負担が軽くなる。
村の人の話では、ベンは二年前に妻と娘を事故で亡くし、一人で孤児の面倒を見ていると言っていた。教会に預けない理由が何かしらあるのだろう。
エドワードが屋敷を横目に見て言った。
「とりあえず、子供達が外に出てくるまで交代で見張るしかないね。まず僕が見張っとくよ」
「じゃあ、オレも。何かあった時の為に二人一組の方が良いからな」
「そうだね。二人ともお願い」
まずはエドワードとキースに見張りをしてもらうことに決まった。
◇
交代で見張ること三日。
今は俺とジェラルドの番。
「ダメだ。隙がない」
ベンが外出する時は扉にはしっかりと二重ロックがかけられる。扉を叩いてみるが、誰も出てこない。子供が屋敷から出てくる時は、常にベンがそばについている。
「鍵こじ開けるか」
「ジェラルド、不法侵入はダメだよ」
「でも、いつまで見張るんだよ」
俺とジェラルドが途方に暮れていると、リアムとノエルがやってきた。
「二人ともどうしたの?」
見張りは俺とジェラルド、エドワードとキースの二人ずつで交代しているのでリアムとノエルがここに来ることは珍しい。
「差し入れですわ」
ノエルが牛乳とチーズのパンを手渡してきた。
「ありがとう。でも、何で牛乳? もっとこう……ね」
「張り込みと言えば、牛乳とアンパンですわ」
「アンパン?」
またいつもの様にノエルからは不思議な単語が出てきた。
「とっても甘くて美味しい正義のヒーロー……ではなく、残念な事にこの世界には餡子が存在しないのです。なので、仕方なく名犬のチーズに致しましたわ」
「良くわかんないけど、ありがとう」
「そんなことより、奇妙な噂を聞いたんだ」
「奇妙な噂?」
リアムがジェラルドをチラリと見て、躊躇いがちに言った。
「ベンは良い人って噂は変わりないんだけど……この屋敷から夜になると雄叫びが聞こえてたんだって」
「またか」
ジェラルドの顔が青くなってきた。
「でも聞こえてたって過去形?」
「うん、今は聞こえないらしい」
ジェラルドが胸を撫で下ろした。
「村の人は、ベンの亡くなった奥さんと娘さんの亡霊って言ってるんだけど、どうも気になるんだ」
「気になる?」
「その雄叫びが聞こえなくなったのが、温泉が掘り当てられたくらいの時なんだ。で、その温泉を掘り当てたのが実は……」
「もしかして……」
俺達はゆっくり屋敷を見た。その瞬間、カラスがバサバサと音を立てて飛び立った。
「ベンなんだって」
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