第127話 王女様の危篤

 ドンッ!


「いてててて……」


 クレアの部屋に転移した俺は、思い切り壁に叩きつけられた。超高速で移動している最中の転移だったことが原因だろう。


 壁に打ちつけた額を手で押さえていると、王家の近衛騎士に取り囲まれた。


「何者だ?」


「敵襲か!?」


「子供……ですかね?」


「どうやって入った?」


「あ……いや、俺は」


 敵ではないことを伝えようとすれば、ゼェゼェと小さくて荒い呼吸が聞こえた。それは、国王を始め王家の者が取り囲んでいるベッドの方からだった。


 俺は急いで立ち上がり、近衛騎士の間をすり抜けてベッドサイドに向かった。


「おい、待て」


「そっちは王女様が」


 近衛騎士が俺を捕まえようとしたが、王太子が俺のことに気付いてくれた。王太子は静かに近衛騎士を下がらせた。


「君、どうして此処に? やはり敵わなかったのかい?」


「あ、いえ」


 敵わなければ王城に逃げ帰ってくるように言われていたので、そう思われたようだ。事実、サンタに一撃も食らわすことが出来ていないが。


「そんなことより、クレア王女様が危篤って……」


「何故それを? 誰にも口外していないはずだ」


 アーサーがスキルで情報を得たようだ。アーサーがいなかったらこのまま静かに亡くなっていたのかもしれない。


「とにかく早く見せて下さい」


 やや強引にベッドサイドに移動すれば、顔面蒼白で不規則な荒い呼吸をしたクレアが横たわっていた。


 国王が俺を一瞥して、悲しそうに言った。


「元々体が弱い子だったんだ。この寒い環境が更にそれを悪化させて……」


 王妃も泣きながらクレアの手を握った。


「あれほど暖炉の前にいなさいって言ったのに……どうしてこんな事になっちゃったの」


「……」


 シンシアは何も言わずにクレアの顔を見ていた。


「シンシア王女様、申し訳ありません。少々場所を変わって頂けますか。俺が治します」


「え?」


 シンシアは唖然と俺の顔を見て、一歩下がってくれた。


 その他の者はやや苛立ちを覚えたようだ。特に侍医が。


「君、誰かは知らんが、王女様の病気の治療方法はないんだ。子供が治せるわけないだろう」


「娘がこんな時に冗談はやめてくれ」


「他国の人間だから大目に見ていたが、出て行ってくれ」


 王太子が俺の腕を掴もうとしたので、それを避けてクレアに両手を翳した。するとクレアが白い光に包まれた。


「病気自体は治らないかもしれませんが、今の危険な状態は脱せると思います」


 と、言ったのは良いがいつもより効きが悪い。怪我はすぐに治るが、死ぬ間際の病気ともなるとやはり難しいのだろうか。しかし、何もやらずにこのまま死んで欲しくない。


 根気強く治癒魔法をかけ続けていると、クレアの呼吸が規則的なものへと変わった。


「君、一体何を……?」


「あなた、何でも良いわよ! クレアが生きてくれれば」


「そうだな。国もクレアも藁にも縋りたい思いだからな」


 こっちも藁か……気持ちは分からなくもないが。


 治癒魔法をかけていると、クレアの左胸にブローチがついていることに気がついた。


「このブローチって……」

 

 シンシアが俺とお揃いにすると言って買ったブローチ。クレアもこんな状態だし、シンシアがクレアにあげたのだろう。そう思っていたら、シンシアが後ろから耳打ちしてきた。


「お父様達には内緒にしてあげて」


 あれ? 昼間聞いたシンシアの声と若干違うような。振り返ってシンシアの顔を見れば、シンシアは困った顔でニコッと笑った。


「クレアは皆と遊びたがっていたの」


 それを聞いてやっと理解した。クレアの今の状況は俺のせいだと。俺達が王都に遊びに行くと言ったから、クレアがシンシアのフリをして付いて来たのだろう。知らなかったとはいえ、罪悪感で胸が締め付けられる。


 俺はクレアの手を取って、そこから直接精気を送り込んだ。


「クレア王女様、まだ一緒にダンスを踊っていませんよ」


「……」


「クレア王女様、今度は外で遊びますか? かまくらの中だったら暖かいんですよ」


 クレアの手がピクッと動いた。目は開けないが、呼吸も随分と落ち着いており、血色も良くなっている。もう一息ってところだろうか。


「クレア王女様、今度は我が国にも遊びに……」


「うん、行く行く! 私、海を泳いでみたいの。あなた泳げるの?」


「……まぁ、それなりに」


 思っていた目覚め方と違う。ゆっくりと目を開けて『あれ? 私……』みたいなのを勝手に想像していた。王家の者や侍医も呆気に取られている。


 何にせよ、元気なクレアに戻ったようで何よりだ。


「じゃ、俺はサンタを……」


 クレアの手を離して転移しようとすれば、国王に引き止められた。


「待ってくれ。君は一体何者なんだい?」


「何者……一応、勇者やってます」


 何度言っても恥ずかしい。自信を持って勇者と名乗れる日は来るのだろうか。


「いやいや、俺の勇者人生は長くて後一年。自信を持つ必要はないか」


「あなた、後一年しか生きられないの? もしかしてクレアを治したから?」


 シンシアが泣きそうな顔で見てきた。


「あれ、俺、声に出してましたか?」


「勇者人生は後一年って」


「ああ、それは……」


 外で爆発音が聞こえてきた。と言っても、ずっと爆発音はしていたのだ。治癒に夢中で聞こえなかっただけで。


「国も守って来ますから、見ていて下さい」


 そう言って俺はその場を後にした。

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