第79話 雑魚は顔のレベルが低い

 聖剣の威力は凄かった。切れ味も抜群で、斬った所から鬼は浄化されていき、三回斬りつければ大きな鬼は完全に浄化された。


「これなら魔王にも勝てたりして」


 そんな淡い期待を込めながら聖剣を鞘に収めた。


「えっと……メレディス? やっぱ、まだまだだったかな?」


 洞窟から出て来たメレディスの顔は、苛々はしていなかった。代わりにとても複雑そうな顔をしている。


「威力や魔力の分散のさせ方はまだまだだが、この短期間でこれだけ使えたら十分だ」


「やった」


 褒められて一人喜んでいると、メレディスは儚げに言った。


「だが、やはり私は女が好きなんだ」


「知ってるよ」 


「刻印が疼けば夜伽は出来るが、溺愛ともなるとちょっとな……申し訳ない」


 メレディスは一体何の話をしているのだろうか。告白をしてもないのにフラれた気分だ。


「メレディス、何を……」


「皆まで言うな。早く人間界に行こう。溺愛は出来なくとも汝を守ってやるから」


 本当にメレディスは何の話をしてるのだろうか。俺を守るのだって有給休暇の為なのは最初から知っているのに。


 キョトンとしていると、メレディスが俺を抱き上げて大きな黒い翼を羽ばたかせた。


「うわ、危なかったね」


 上空から見ると四方から鬼が走って来ていた。あのままその場にとどまっていたら数十体の鬼に囲まれる所だった。


「まずい」


「メレディス、お腹痛いのに無茶しちゃ駄目だよ」


「腹は大丈夫だが……追手が来た」


 メレディスがやや険しい表情で遠くを見ている。


「追手? でも、あの扉って俺達にしか見えてないって」


「魔力や能力が弱い者には見えてないだけだ。入れるのも扉が見えた者だけだがな」


 つまり、強い奴なら扉が見えて入って来られるということか。


 メレディスの視線の先を見ると、猛スピードで黒い何かが飛んできているのが分かった。それは俺達の前でピタッと止まった。


 黒い何かは三体おり、メレディス同様に男性の人型で黒い翼があった。恐らく悪魔なのだろう。その一体がメレディスに言った。


「おい、貴様が何故それを庇っている? 陛下の命に背く気か?」


「生憎、私に命じられたのはこの男を逃すことだ。そこをどいてもらおう」


 メレディスが落ち着いた様子で応えれば、三体はメレディスを嘲笑い始めた。


「ハッ、弱虫メレディスがオレらに勝てるとでも?」


「早くおうちに帰ってママに甘えたらどうだ?」


「そりゃ良い。昔みたいにママ助けてって言って見ろよ」


 三体の口振りからすると、メレディスとは昔からの知り合いのようだ。どのくらい昔かは想像も付かないが。


「メレディス? 大丈夫?」


 無表情のメレディスは、いつもの余裕がないように見える。


「そんな奴に心配してもらうとは悪魔の恥だな」


「そこのピンク頭も残念だったな。守ってくれる奴がこんな弱い奴で」


「羽、もう治ったのか? 根元の方をやったから中々治らないと思ったんだけどな」


 メレディスの翼を負傷させたのはコイツか。それだけ強い奴らなのかもしれない。だが、言われっぱなしも腹が立つ。


「メレディス、大丈夫だよ」


「オリヴァー?」


 俺はノエルの転生者ごっこに付き合わされ、散々言われてきたことがある。


「雑魚は顔のレベルが低いんだ」


 三体は何を言われているのか分からないと言った様子で俺を見た。俺は怯む事なく続けた。


「メレディスを見てみろ! この整った顔、鍛え上げられた肢体。どっからどう見ても主要人物だ。それがこんな雑魚共に負けるはずがない」


「言わせておけば」


「オレらが雑魚だと?」


「うん、雑魚だね。俺が命名してあげるよ。左から雑魚A、B、Cね」


「ふざけるな! オレには立派な名があるんだ」


「雑魚Aの名前なんて興味ないよ。どうせすぐに負けちゃうんだから」


 三体の殺気が俺に向けられたのが分かった。そして、メレディスはいつもの調子を取り戻したようだ。


「オリヴァー、煽りすぎだ。幾ら雑魚でも、雑魚に雑魚は少々可哀想だ」


「貴様、オレらに一度も勝ったことないくせに」


「手加減していただけに決まっているだろう。雑魚相手に本気を出してどうする。オリヴァー、しっかりと捕まってろよ」


「うん」


 俺がメレディスの首にギュッと絡みつくと、視界が一気に変わった……というより、速すぎて景色が見えない。超高速で移動しながら、時折爆発音が聞こえる。


 数十秒後、メレディスは元いた場所で静止した。


「オリヴァー? 大丈夫か?」


 速すぎて目が回った。そして、食後にこの超高速移動は胃には優しくない。


「う……吐きそう」


「待て待て待て、ここではやめろ」


 やめろと言われても吐き気は治らない。メレディスは慌てながら雑魚Bに近付いた。


「こいつを捕まえるんだろ? 一旦やるよ」


 俺と雑魚Bは何が起こっているのか分からぬまま、メレディスは俺を無理矢理敵の手中に収めた。そして、雑魚Bの腕の中で俺は盛大に嘔吐した。


「うわぁぁ、何してくれてんだ!」


 思わず雑魚Bは俺を手放した。俺は真っ逆さまに落ちていき、メレディスによってキャッチされた。


「ふぅ、間に合ってよかった」


 それはどっちの間に合っただろうか。吐物をかけられずに? 俺が地面に叩きつけられずに? 前者だろうな。


 何にせよ、嘔吐したおかげで気分はスッキリ、体も軽くなった。しかし、口が気持ち悪い。


「口を洗いたいんだけど、メレディス、水持ってる?」


「持ってる訳ないだろう」


「だよね」


 ここには千度近くある池しか見当たらない。そんな時、鬼の腰にひょうたんが下げられているのが見えた。


「あれ水かな?」


「あれは……水ではないが、口をゆすぐくらいなら大丈夫だろう」


 メレディスは、超高速で鬼からひょうたんだけを奪い取り岩場に隠れた。


「ほら、口をゆすいでこい」


「ありがとう」


 ひょうたんの蓋をポンと開けて口をつけた。


「苦ッ」


「酒だからな。酒も飲めんとは、まだまだお子ちゃまだな」


 お子ちゃま呼ばわりされてムッとしながらも、苦味を我慢しながら口をゆすいだ。

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