第40話 キースのお願い
ここはキースの寝床。
「普通の小屋なんだ」
中はシンプルな机と椅子にベッドが一つある、どこにでもあるような小屋だった。
パタンと扉が閉まると、静寂に包まれた。キースは俺を下ろし、真剣な顔で見つめてきた。
「まさか本当に……?」
キースはノエルの絵を見て、俺が男色の趣味があると思い込んでいる。
「あれは妹が勝手に描いた絵で、俺にそんな趣味はなくて……」
キースがゆっくり近づいてくるので、その歩幅に合わせて後退するが、小屋は狭いのですぐに壁にぶち当たってしまった。
キースは俺の訴えをまるで聞いていなさそうだ。まっすぐ見つめられ、そして跪いて頭を下げられた。
「え?」
何が起こっているのだろうか。
「頼む、助けてくれ!」
「えっと……」
「聖人様は何でも治せるんだろ?」
「いや、何でもは……キース病気なの?」
何やら事情がありそうだ。キースを立たせて顔を覗き込むと、複雑そうな顔でキースは言った。
「オレじゃない」
「じゃあ誰? 野盗の誰か?」
キースは首を横に振って、優しく名前を呼んだ。
「ショーン、出ておいで」
すると、ベッドの上の布団がモコモコと動き出した。そして、布団の中からぴょこんと一匹の猫が顔を出した。
「黒猫?」
「猫じゃない」
「うわ、猫が喋った」
俺は恐る恐る猫に近付いた。
「ショーンはオレの弟だ」
「は? 猫が?」
しかし、猫を我が子のように可愛がる人もいるので弟として可愛がっているのかもしれない。
「それで、ショーンはどんな病気なの? ぱっと見、怪我はしてないみたいだけど」
「人間にしてほしい」
「えっと……」
キースは愛猫を可愛がりすぎて、猫を人間にしたいと……?
「頼む! 何でもするから!」
「いや、そういう問題では……」
猫を人間にする魔法など聞いたことがない。禁術とか使えば出来るかもしれないが、俺はそんなの知らない。
「ごめんなさい」
素直に謝罪すると、キースは悲しそうな顔を見せた。ショーンを見ると睨まれているように見える。
これは俺が悪いのか? だって出来ないものは出来ない。
キースは俺の肩をガシッと持って縋り付くように言った。
「オレが野盗だからか? オレが悪党だからショーンの呪いを解いてくれないのか?」
「えっと、野盗とか関係なく呪いなんて……え、呪い?」
『呪い』『キースの弟』『人間にしてほしい』これはつまり……。
「ショーンは元々人間……?」
「だから、そう言ってんだろ。魔王にかけられたんだ」
説明不足にも程がある。俺は猫を人間にしろと言われただけだ。
「って、え? 魔王?」
俺は一旦落ち着くために深呼吸した。
「順を追って説明してくれない?」
俺がベッドサイドに腰掛けると、キースは椅子に座ってゆっくり話し始めた。
「あれは俺がまだ冒険者になって二年目だった——」
◇
キースは野盗の前は冒険者だったらしい。しかも二年でランクAまで登り詰め、強い冒険者パーティーだったそう。
はりきって魔物退治をしていたところ、仲間の一人が『魔王を倒しに行こう!』と言い出した。ノエルみたいだ。
魔界の入り口を見つけて入ったのは良いが、魔界は魔物や魔獣だらけ。倒してもキリがなく、魔王退治は諦めて人間界に戻ろうと思ったその時、魔王が現れた。そして返り討ちにあった。
『ここまで来てくれた礼だ』
そういって魔王が赤い宝石をキースに渡した。
『オレ達を殺さないのか?』
『殺すより面白いことが見つかったからな』
不敵に笑う魔王は、キース達を人間界に戻した。
そして、無事? 帰還したキースは魔王にもらった宝石を家に持ち帰った。ショーンがその宝石を手に取ってまじまじと見つめていると、突然魔法陣が現れてショーンは猫の姿になった。
コロンと床に落ちた宝石からは魔王の声が聞こえてきた。
『なんとも間抜けだな。素直に持ち帰るとは』
『な、お前は……ショーンに何をした!?』
『その宝石に細工をしておいただけだ。貴様の大事なモノが触れると呪いがかかるようにな』
こうしてショーンは猫の姿での生活を強いられている——。
「まさかそんなことが……」
「嘘みたいだが、本当の話だ」
リアムは魔力がないだけで『呪いの子』と呼ばれているが、ショーンこそが本物の『呪いの子』ではないか。
「事情は分かったけど、キースはどうして野盗になったの? 冒険者だったのに」
「呪いを解くには魔王を倒すのが一番だと思ってな。その為には強い武器だ」
「でも野盗にならなくても」
「正攻法で手に入れたら時間がかかるだろ」
それは一理ある。
「そしたらな、聖人様の噂を聞いたんだ。これは魔王を倒さなくても呪いが解けるんじゃないかと思って偽聖水でおびき寄せたんだ」
俺はまんまとキースの罠に引っかかったというわけか。
「でもごめん、呪いは解けないんだ」
「そうか……じゃあ明日こっそり帰れ」
「良いの?」
「皆には聖人様の聖水でボロ儲けって話にしてあるが、正直そんなことはどうでも良いからな。とにかく今日は寝ろ。連れてきて悪かったな」
キースにベッドを勧められ、半強制的にベッドに横になった。
「キースはどこで寝るの?」
「まぁ、テキトーにするさ。良いから寝ろ」
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