第41話 良いこと
キースに眠りを強要されてから一時間くらい経っただろうか。眠れるはずがない。
敵のアジトだからというのもあるが、ずっと見られているのだ。キースに。監視というよりは、看病されているかの如く優しい眼差しで。
ふと、その視線が俺から逸れた。
「兄ちゃん」
「うん」
ショーンの呼びかけにキースはひとつ返事をするとゆっくりと小屋から出て行った。その様子を目で追っていると、ショーンが顔の横にスッとやってきた。
「兄ちゃんは、君にボクを重ねてるんだと思う」
俺は黙ってショーンを見た。
「ボクが人間なら、丁度君くらいかなって。ボクはさ、もう元に戻れない」
「そんなこと……」
「魔王の呪いなんて解けるわけないよ」
「……」
「だからさ、今晩はあの調子だと思うけど、許してやってよ」
俺が返事をしようとすると、キースが戻ってきたので再び寝たふりをした。ショーンも俺の顔の横で丸まった。
「思ったより早く迎えが来たようだ」
キースに頭を撫でられ、そのまま去ろうとしたので、俺はキースの服の裾を掴んだ。
「ん? 起きたのか」
「あ、うん」
「どうした?」
キースは優しい口調で聞いてきた。
しかし、俺は言葉に詰まる。何でキースを引き留めているのか自分でも分からない。
「オレがいたらあいつらが入って来られない」
キースの言葉に、俺は窓の外に目をやった。ここからは見えないが誰かいるようだ。きっと仲間が助けに来てくれたのだろう。それでも俺はキースの服の裾を持ったまま言った。
「俺が魔王倒すから」
何を言っているんだ俺は。その予定にはなっているが、内心無理だと、どうやって逃げようかと言い訳を考えているではないか。
「ありがとな。聖人様は優しいな」
キースは信じていないようだ。そのまま話を終わらせて仲間の元に行くのが得策なのだろうが、その思いとは裏腹に俺の口は言うことを聞かない。
「聖人様じゃない」
「は?」
「俺は聖人じゃない。勇者だ! どうやら勇者は魔王を倒すのが宿命らしい。だから、だから……」
「子供はそんな危ないことしなくて良い」
「キースから見たら子供かもしれないけど……」
キースは再び俺の頭をクシャッと撫でて言った。
「オレがあんなこと言ったからだよな。ごめんな、忘れてくれ」
子供で、尚且つランクEの今の俺がキースに何を言っても無駄だろう。説得力のカケラもない。それならせめて——。
「野盗やめてよ」
「何、馬鹿なこと……」
「お兄ちゃんが悪いことして喜ぶ弟はいないよ」
「お前……」
「それに、ショーンが元の姿に戻った時、キースが捕まったりしたらどうするの? この国は厳しいから即刻打首だよ。ショーンはきっと自分を責めるだろうね」
キースがショーンを見ると、ショーンは何も言わず後ろ足で頭を掻いた。
「ごめん……余計なお世話だよね」
「ありがとな」
キースは困ったような笑顔を浮かべた。
「そろそろ行かないと襲撃を食らいそうだ」
「うん」
ショーンはキースの肩に乗り、俺を置いて一人と一匹は外に出ていった——。
◇
林を抜け、星空の下、俺は仲間と共に歩いている。歩きながら、俺は連れ去られた後のこと、主に小屋でのキースの話を皆にした。
「戦闘覚悟だったけど、すんなりだったな……って、野盗のことなんてお前が気にすることじゃねーよ」
「そうだけどさ」
後味が悪いというか何というか……。
「ジェラルドの言う通りだよ。どんな事情があっても野盗は野盗だよ。悪い奴に変わりはないんだから」
エドワードの言うことも正論だ。
「でも、その猫になった子は一番の被害者だよね」
「そうなんだよ。リアム、分かってくれる?」
キースの野盗としてやってきたことは決して許されることではない。しかし、ショーンのことを考えると、批判どころか応援さえしたくなる。
「どの道、俺らが魔王ぶっ飛ばすんだから良いんじゃねーの?」
「アニキ、魔王倒しに行くのか?」
「うん。その予定」
ギルに夜空の星に負けないくらいキラキラとした瞳で見つめられた。
ちなみに、ギルは俺達の戦いっぷりを間近で見てから、俺のことをアニキと呼んでくる。
それより、俺の横ではノエルがずっと黙っている。心配させすぎて怒っているのだろうか。エドワードも言っていた。
『ノエルがとても心配してたよ。心配のあまり、よく分からない発言を沢山してた』
元々よく分からない発言はしているが、実の兄が野盗に攫われたのだ。心配もするだろう。
「ノエル、ごめんね」
「あ、はい。なんでしょう?」
「心配させたよね」
「いえ、わたくしは……」
またノエルが黙ってしまった。どうやら、俺の心配というよりも何か考え事をしているようだ。
——ギルの家に着いた途端、黙っていたノエルが口を開いた。
「お兄様、わたくし良いこと思い付きましたわ」
「良いこと?」
ノエルの良いことは大抵良いことではないが……俺はノエルの次の言葉を待った。
「キース様を仲間に致しましょう」
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