第74話 刻印の疼き
俺は今、真っ逆さまに落ちている。
あまりにも高所から落ちているせいか、死ぬ間際だからか分からないが、落ちるスピードは思いの外ゆっくりに感じる。ただ、普通に恐い。
俺は両手を下に向けて、光魔法を出す準備をした。
「……?」
俺の横を二つの黒い何かが通り過ぎた。そして、その何かは下の方でピタッと止まった。
地上に近付くにつれ、その正体が分かった。メレディスと魔王だ。
何であんなところに……。
俺は手の位置を真下から、斜め下に変えた。
ドガーンッ!
光魔法を発動し、俺の体は反動で宙に浮いた。後は、下にある木が衝撃を緩和させて……くれなかった。
「ッたく、お転婆にも程がある」
「陛下、助かりました。まさか軌道を変えるとは」
俺は魔王の腕の中にいた。
何故こうなってしまったのか。魔王の書斎にいた時より状況が悪い。何せ、言葉通り敵の手中なのだから。
魔王はメレディスに指示を出し始めた。
「城の全ての窓に鉄格子を付けるよう手配をしてくれ」
「御意」
隔離されてしまうのか。今の内に逃げ出さないと非常にまずい。
「それから、人間界への侵略を本格的に進めて行こう」
「は!?」
驚きのあまり魔王の腕から滑り落ちそうになったが、魔王は俺を抱え直した。
「帰る場所が無ければ、汝は魔界にいる他無くなるだろう」
「そんなことで人間界侵略なんて……」
「グレースは思った以上に汝を気に入っておるからな。それに、我を拒む者など汝が初めてだ。拒絶されればされる程、燃えるというものだ」
「そりゃ、男だし……魔王だし……」
「メレディスは受け入れたではないか」
「いや、受け入れては……」
「とにかく、汝が逃げ出したいなどという考えに至らぬよう、とろっとろに甘やかしてやるから安心しろ」
そんな色っぽい顔で言われても、不安しか生まれない。そして、何故か魔王の顔がどんどん近付いているのは気のせいか?
「えっと……そろそろおりたいなぁ」
「刻印を消してからな」
「ちょ、近い近い。刻印消すのに何で顔が……」
魔王が顔を近づけてくるので、俺は必死に体をのけ反らせている。
「汝の光魔法のせいで普通に消せないんだ。吸い出すしかない」
「え、吸い出すって? もしかして……」
「口からだ。メレディスと何度もやったのだろう? 我ともこれから毎晩するのだ」
「無理無理無理無理」
魔王の唇が俺の唇に触れる寸前、どうでも良い事が口からポロッと出た。
「メレディスも魔王に口付けされながら刻印を消すのか」
「……」
魔王がメレディスと目を合わせて黙ってしまった。
メレディスも若干嫌そうな顔を見せたが、魔王に言った。
「王命なら致し方ありません」
「いや、他の方法があったかもしれん。調べてくるから二人とも待っておれ。メレディス、絶対に此奴を逃すなよ」
「御意」
俺は魔王からメレディスに受け渡された。そして、魔王は上空に羽ばたいて書斎に入っていった——。
「た、助かった」
ひとまず夫婦の刻印と俺のファーストキスは無事なようだ。
「チッ、もう少しだったのに」
「ねぇ、メレディス。このまま逃がしてくれたりなんて……」
「するわけないだろう」
「だよね」
完全な魔力切れではないが、落ちる時に魔力を放出し過ぎてしまった。ここで戦っても勝ち目はゼロだ。
そこで俺はふと思い出した。メレディスは翼が弱いことを。
俺はメレディスに思い切り抱きついた。
「な、何をしている?」
「メレディスと抱き合えるのも最後だなと思って」
そう言いながら、俺はメレディスの大きな翼の一部を手探りで触った。
「んんッ、羽はやめんか」
やはり、翼が弱点なのかもしれない。メレディスの力が抜けたのが分かった。
次は、翼を思い切り引っ張ってみた。
「ぁあ……やめろ」
引っこ抜くのは難しそうだが、メレディスの力が更に抜けていくのが分かった。どんどん地面におりている。
よし、もう少し刺激したら、メレディスの手からは脱することが出来そうだ。そう思って、さっきより強い力で翼を引っ張った。
「ハァ……ハァ……んんッ……ハァ」
メレディスの息遣いが荒くなっている。思った以上に効いているようだ。メレディスの力が……強まってしまった。
「何で?」
「陛下には逃すなと言われただけだからな。とにかく、場所を変えよう」
シュッ。
転移したのだろう。外から室内に変わった。そして、ベッドの上に押し倒された。
「メレディス……ここは?」
「私の寝室だ」
「え、メレディスの? 何で?」
「刻印が消される前に、私とやりたかったのだろう?」
「えっと……何を?」
メレディスの寝室。そしてベッドの上。まさかとは思うが……。
「夜伽に決まっているだろう。先程から性感帯ばかりを刺激しおって、今更嫌だとは言わせんぞ」
「せ、性感帯!?」
メレディスが翼が弱いと言っていたのはそういう意味の弱いだったのか……。
「刻印も疼いてしょうがないんだ。オリヴァー、汝も疼いているのではないのか?」
メレディスの言う通り、俺の刻印も先程からずっと疼いている。
「それは求め合ってる証拠だ。逆らえない」
「ひゃッ」
メレディスが俺の首筋にキスをした。そのまま吸い付くようなキスをしながら、メレディスは俺のシャツのボタンを器用に一つ一つ外していく。
「ちょ、ちょっと待って」
「ああ、私も脱がないとな」
「いや、違ッ」
俺の言葉も虚しく、メレディスは自身のシャツを脱いだ。しっかりと鍛えあげられた肢体を見ると、更に刻印の疼きを感じた。
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