俺の妹は転生者〜勇者になんてなりたくない俺が世界最強勇者になってしまったんだが!?〜
七彩 陽
第一章 幼少期
第1話 わたし、転生者なの
「お兄様、わたし転生者なの!」
「は?」
「わたしね、トラックにひかれて死んだの。そしたらね、いつの間にかこの姿になってたの。すごいよね」
「うん。すごいすごい」
俺はオリヴァー・ブラウン七歳。そして、俺の隣で花冠を作りながら話す五歳の少女は妹のノエル。俺と同じでピンクの髪にピンクの瞳、やや垂れ目が特徴のとても可愛らしい女の子。
そんな妹がおかしくなってしまった。いや、物心ついた頃から他の令嬢とは違って変わり者ではあった。五歳児ならではの遊びかもしれない。付き合ってあげよう。
「転生者って何?」
「えっとね、一回死んで、新しい命に生まれ変わること……かな」
「そっか。どうしてノエルは一回死んだの分かるの?」
「昨日木登りして落ちたでしょ? その時に思い出したの」
確かに昨日落ちていた。庭にある大きなリンゴの木に登って真っ逆さまに。両親も俺もひどく心配したが、本人はケロリとして晩御飯もおかわりする程に食べていた。まさか、こんな後遺症が残っていたとは……。
「でね、こういうのってね、大体乙女ゲームの世界だったり、読んでた本の世界に転生するんだけどさ」
乙女ゲームとはなんだろうか。気にはなるが話が進まないので先に進んでもらおう。
「うん、それで?」
「わたしの知ってる乙女ゲームや本にはノエル・ブラウンなんていなくてね。もちろん、お兄様もいないの」
「そうなんだ」
「モブって可能性もあるんだけど、あ、モブっていうのはいわゆる脇役ね」
「へぇ」
この言葉は自分で考えだすのだろうか。五歳児の発想力はすごいな。
「だけど見て、このピンクの髪にピンクの瞳、それにとっても可愛いでしょ!」
ノエルは立ち上がって、フリルがふんだんについたスカートをフワッとさせながらその場で一回転してみせた。最後にニコリと微笑めば、まさに天使だ。
「可愛いね」
「でしょ? ピンクの髪で可愛い女の子といえば、ヒロインって相場は決まってるのよ」
俺は出来上がった花冠をノエルの頭に乗せて言った。
「じゃあノエルはお姫様だね」
「うん! だけどね」
「どうしたの?」
今度はノエルが俺の頭に花冠を乗せてきた。
「お兄様もピンクでしょ? 男主人公のピンク髪って珍しいんだけど、わたしと違って魔法は光属性でしょ? もしかしたらお兄様がヒーローの世界かも」
「それは光栄だな」
「だからね、わたし、お兄様を全力で応援しようと思うの!」
「ノエルが応援してくれるならなんだってできそうだ」
ノエルの頭をポンポンと優しく撫でれば、ノエルは照れたように笑った。妹が可愛すぎる。
「お兄様、わたしの理想の王子様になってくれる?」
「良いよ。ノエルの望みならなんだって叶えるよ」
「本当に!? お兄様大好き!」
ノエルが抱きついてきた。ノエルからは、ふわっと石鹸と花のような甘い香りがした。
「お兄様は勇者を目指すべきだわ」
「え? なんて?」
「ピンクの髪で光属性、きっと大魔法使いや最強騎士に違いないわ。でね、どっちも兼ね備えたのが勇者かなって」
「兼ね備えてはいるかもだけど……ピンク髪の男主人公って少ないんでしょ?」
「少ないだけでいないわけではないよ。何より光魔法が使えるんだから。特別だよ!」
「特別とは周りからも言われるけど……」
ノエルの言い分は無理矢理すぎる気もするが、これは転生者ごっこ。あくまでも、ただのごっこ遊びだ。そう思ってにっこり微笑み返す。
それにしても、ノエルは俺に冒険者になれと言うのか? 『優しくて格好良い王子様になって』とか言われるのかと思っていた。ムリムリムリ。俺は伯爵令息。この国では貴族は冒険などしない。そういうのは平民がするのだ。
俺は敷かれたレールの上を歩きたい。わざわざ自分で道を切り開くなんて、まっぴらごめん被りたい。俺はノエルの言うモブで十分だ。
「父上と母上には転生者だって話したの?」
「ううん。お父様は良いけど、お母様は怖いから……」
「そっか。言わない方が良いかもねぇ」
父はノエルに激甘だが、母は反対にノエルにとても厳しい。いくらごっこ遊びでも、転生者なんて言った時点で三十分以上の説教を食らうに違いない。
「じゃあ、この話は俺とノエルだけの秘密ね」
「うん! 約束だよ!」
ノエルは右手の小指を出してきた。俺が不思議そうに見ていると、ノエルが俺の右手の小指に自身のそれを絡めてきた。
「指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます、指切った」
「何それ?」
「嘘ついたら針千本飲むんだよ」
「そっか、約束破れないね」
どこでそんな恐ろしい拷問の仕方を知ったのだろうか。転生者といい、拷問といい、ノエルの本棚を一度整理しなければ。
俺は物語の主人公、ましてや勇者になんてなる気はさらさらない。しかし、俺は大好きな妹のため、ノエルが飽きるまでは、この『転生者ごっこ』に最後まで付き合ってあげようと思っている。
——ノエルが本物の転生者であること。ノエルの話に付き合う内に、本当に勇者として冒険をすることになるとは、この時の俺はまだ知らない。
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