第62話 悪魔と温泉
俺は温泉に浸かりながら寛いだ。
「思ったより温泉良いかも」
「だろ?」
ゾンビのあれこれも綺麗さっぱり洗い流され、気分は爽快だ。
少し離れたところには落胆の色を隠せないでいる悪魔のメレディスが入浴中。
「まさか本当に男だったとは……」
このメレディスの顔を見て更に気分は爽快だ。
「初めからこうしてりゃ良かったな」
ジェラルドも愉快に笑えば、エドワードも上機嫌に言った。
「さすがノエルだよね。『裸の付き合いをすれば分かり合える』なんて、誰も思いつかないよ」
そう、これはノエルが提案したこと。
『隠し事をして恋愛なんていけませんわ。全てを曝け出してこそ真の愛と言えるのです』
良く分からないが、メレディスに分かってもらえたので何よりだ。
「わッ」
少し離れた場所にいたメレディスが真横にいたので驚いた。
「えっと、裸で戦闘はしないよね?」
男だと分かって腹を立てたメレディスが俺の命を……なんてこともあり得る。
メレディスが俺の顎をクイッと持ち上げた。
「ひっ」
「顔は変わらないんだな。これなら男でも良いか」
「当たり前だろ。それよりこの刻印早く消してよ」
「無理だ」
「何で? 男だって分かったじゃん」
「印は互いの合意があれば付けられるが、消すことは王にしか出来ん」
「王?」
メレディスは悪魔だ。悪魔の王って……。
「魔王!?」
メレディスは俺の顎から手を離して肩まで湯船に浸かった。
「今の魔王は意地が悪いからな。この状況を笑って消してはくれんだろ」
ショーンを猫にするくらいだ。何となく分かる気がする。
「まぁ、ちょっと黒いだけだし、そのままにしてても良っか。別に困らないし」
「いや、夫婦の刻印が一度つけば……定期的に夜伽をしないと死ぬ」
「は?」
聞き間違いだろうか。聞き間違いであって欲しい。
「最低でも年に一度……というより互いに求め合って夜伽をしたくなるのだ」
聞き間違いではなかった。むしろさっきよりも聞きたくない情報が混じっていた。
メレディスはニヤリと笑って言った。
「本当は女が好きだが、その顔なら大丈夫だ」
だからさっきから俺の顔を見て『これなら男でも良いか』なんて言ってたのか。
「俺は嫌だ! 絶対嫌だ!」
「それなら王を説得してみるんだな」
魔王を説得……出来るだろうか。
「ねぇ、僕ら魔王倒すんだよね?」
「そうだよ、エドワードさすが! 魔王倒せば問題は解決するの?」
メレディスに詰め寄れば、やや圧倒されながメレディスは応えた。
「王が死ぬか封印されれば新たな王を立てるはずだからな。その王に頼めばどうにかなるかもな」
「でも新たな魔王が消してくれなかったら」
消してくれるまで永遠と新たな魔王を倒す日々?
俺は一番聞きにくいことを恐る恐るメレディスに聞いてみた。
「ちなみに、メレディスが死んだら?」
案の定メレディスに睨まれた。
「私を殺す気か?」
「いや、そういう訳じゃ……仮にね、仮に」
メレディスは溜め息を吐きながら応えた。
「夫婦とは一生苦楽を共にするものだ」
「それは、つまり……?」
「どちらかが死ねば、もう一方も死ぬ」
温泉に浸かりすぎたのと、ショックな話続きで頭に血が上ったようだ。
「オリヴァー?」
「大丈夫か? おい」
「世話がやける嫁だな」
俺は意識が半分無くなりながら、メレディスに抱き抱えられて湯船を出た。
◇
ひんやりとした冷気が顔に当たって気持ち良い。目を開けて冷気の先を見ると手があった。
「ジェラルド?」
「気分はどうだ?」
思い出した。俺は入浴中にのぼせて、裸のままメレディスに……。
メレディスって誰?
いや、知ってるよ。知ってるけどさ。今までのは全部夢であって欲しい、悪魔となんてそもそも出会っていない。そんな僅かばかりの期待を込めて起き上がった。
「メレディスは?」
「ここにいるが?」
「ひっ」
「そんな化け物を見るような目で見るな」
「ご、ごめん」
だって、仲間でもない、ただの悪魔を部屋の中まで招き入れていると思わなかった。しかも普通に近くにいた。
「この刻印どうしたら良いんだろ」
「諦めろ」
「はぁ、同じ悪魔ならアデルが良かったな」
「うっわ」
ジェラルドが引いている。
今引くとこあった? 誰だって男と夜伽するくらいなら女のアデルの方が。
「違うからね! アデルとやりたい訳じゃなくて、メレディスとやるくらいならアデルとやりたいだけで」
「うわ、やっぱアデルとやりたいんじゃねーか。それが本音か」
俺はピシッとメレディスを指差した。
「こんな男とやりたくないだけだよ」
「ほぅ? そこまで言われて黙ってはおれんな」
「あ……いや、その」
メレディスの額に青筋が見える。
「嫁を満足させるのも夫の務めだ。快楽でその減らず口をたたけなくしてやろう」
「いや、ごめんなさい……ジェラルド、助けて」
「今は妹じゃないからな」
「薄情者……」
「ほら、諦めて私のモノになれ」
「ひゃっ! そんなとこ舐めないでよ」
メレディスに後ろから捕まってしまい、首筋を舐められた。しかも、今はのぼせて介抱されていたので、下半身にタオルが一枚巻かれているだけだ。
そんな状態で扉が開いた。
「きゃ、もう夫婦の刻印の効果が?」
「兄ちゃんの次は悪魔なんて、やっぱり君が一番罪だよね」
ノエルとショーンは嬉しそうに両手を顔に当てながらバッチリ指の隙間からこちらを覗いている。
エドワードとキースは顔を赤らめて、哀れみの目で俺を見てきた。
「夜伽しないと死ぬなら無理に止められないよね」
「そうだな。後で出直すか」
「一年は夜伽しなくても良いのに、昨日の今日でこんなことにならないよ。オリヴァーのことだから余計なこと言ったんでしょ」
リアムがいてくれて良かった。
「それより、オリヴァー。ミラが別れの挨拶に来てるよ」
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