第137話 走馬灯

 結界が破られた。すぐに修復はしたが三体何かが結界内に侵入してきている。結界を破るくらいだ。相当強い敵に違いない。そう思って転移して見にきたら……。


「なんだ。雑魚A、B、Cじゃん。生きてたんだ」


「お前、この間の。女だったのか?」


「あいつメレディスの嫁だろう? なんでメレディスだけあんな可愛い嫁がいるんだよ。オレなんて連敗なのによ」


「今回はメレディスいないし、使えるな」


 この三体は悪魔で、メレディスとは昔からの腐れ縁だそうだ。


「オリヴィア、こいつら知ってんのか? 俺に内緒でまた知らない男と……」


 ジェラルドの周りに冷たい風が流れた。もちろん怒りで魔力が放出されただけだが。


「ジェラルド、あれは普通に敵だよ」


 そう言うと、安心したのかいつものジェラルドに戻った。ホッとしながら付け加えた。


「メレディスと一緒に一度倒したんだけど、生きてたみたい」


「あいつと……?」


 ジェラルドが再び怒りを露わにした。


「ジェラルド、面倒臭いよ。好きな子に嫌われるよ?」


「お前……」


 ジェラルドが俺と向かい合って立った。そして、両肩をガシッと掴まれた。


「ど、どうしたの? 敵あっちだよ」


「あんな雑魚よりこっちが大事だ」


「チッ、また雑魚呼ばわりか」


 雑魚Bが怒りを露わにして、こちらに向かって闇の閃光を放ってきた。


 ギュッと目を瞑ると、爆発音が聞こえた。しかし、吹き飛ばされたり痛みなども全くない。恐る恐る目を開くと、ジェラルドが氷のシールドを張って攻撃を防いでいた。


 パカラバカラパカラ。


 王都から派遣された騎士団が馬に乗ってやってきた。遅れて、宮廷魔導士らも現れた。


「第三王子は、あんなのと毎回戦っておられたのか」


「私の弟子らは凄いでしょう」


 これはヒューゴ副団長。俺とエドワードの剣の師匠だ。


「私らでも敵うかどうか……」


「それを容易く倒すのですよ。私の弟子らは」


 どうしても弟子自慢がしたいらしい。嬉しい反面恥ずかしい。


「とにかくやるしかない! 行くぞ!」


 騎士団長の掛け声で、魔法が使える騎士や魔導士らは一斉に詠唱した。すると、上空に向かって火や水や風、様々な魔法が飛び交った。


 今までにない程のその迫力にキースとエドワードは呆気にとられている。


 そんな中、ジェラルドと俺の周りだけ空気が違う。時が止まったようだ。


「俺、お前に嫌われたら生きていけねぇ」 


「大袈裟だよ」


「だから嫌いにならないでくれ」


「嫌いになんてならないよ」


 とても悲しそうな表情のジェラルド。何がジェラルドをそんなに不安にさせるのか、恋愛未経験の俺には分からない。


 俺はジェラルドの頬にそっと手を置いた。


「俺は昔も今もこれからもジェラルドのモノなんでしょ?」


「オリヴィア」


「だから…………え?」


 突然景色が変わった。


「お前、浮気してんのか? メレディスに言ってやろうか」


「なッ、雑魚A。いや、Cだったかな」


「忘れんなよ! Aだよ! って、Aでもないよ!」


 ノリの良い雑魚Aに捕まってしまった。ジェラルドとエドワードは俺がいるからか、雑魚Aに攻撃出来ないでいる。


「俺をどうする気だ」


「次は失敗出来ねーからな。手伝ってもらおうと思ってな」


 そう言って雑魚BとCの元まで飛び上がった——。


「うわ、凄い攻撃されてるじゃん! 死ぬ死ぬ、死んじゃうじゃん!」


「あんなんで死なねーだろ。暴れてると落ちるぞ」


 雑魚BとCは背を向けた。


「よし、お前あいつらの相手頼んだぞ」


「は?」


「あいつらの相手してからじゃ時間かかっちまうからな。頼んだぞメレディスの嫁」


「待って待って待って、意味分かんないから。俺、襲撃の手伝いなんてしないから」


「そんなこと言いながら、シールド張ってくれてんじゃねーかよ」


「いや、これは……」 


 雑魚Aは俺の腰の辺りを後ろから持っているだけなので、魔法は普通に使える。俺は下からの攻撃を受けないようにシールドを張っている。まるで俺が雑魚の味方みたいだ。


「それにお前、羽生えてんじゃねーか。もう悪魔の仲間入りだな」


「違うよ」


 それよりどうしたものか。雑魚三体は俺が勝手に命名しただけで普通に強い。分散されては被害は間違いない。出来ればこの場で倒したい。


 俺は闇のシールドを解除した。


「なッ、貴様」


「クソッ、またあいつらの相手しなきゃなんねーだろーが」


「お前、分かってんのか? オレ達は再生能力高いけどお前は……」


 ドンッ。


「言わんこっちゃない。おい、メレディスの嫁! 大丈夫か?」


 攻撃を受けるとは思っていたが、まさか急所に当たるとは思わなかった。


 俺は治癒魔法はかけずに、お祈りした。雑魚三体が浄化しますように……と。


「うッ、お前……何を……」


 キラキラと光る雑魚Aの手から、俺はするりと落ちた。


 いよいよ死ぬのだと思った。走馬灯が流れ始めたから。


 下で仲間達の声がする。アーサーが呼びかけてくれている。その声は全て遠くに感じ、このまま一人で死ぬのだと思うと涙が出てきた。そして、ふと思い出した。


「メレディス、ごめん」


 俺が死ねばメレディスも死ぬ。何も知らぬままメレディスは死ぬのだ。最後に一目会って謝罪だけでもしよう。


「メレディス、助けて」


 ボンッ。


 落ちていく途中、空中でメレディスの元気そうな顔が見えた。その顔は次第に真っ青になっていく。


「オリヴァー?」


「メレディス、ごめんね……」


 最後の力を振り絞ってニコッと笑うと、俺はそのまま地面に叩きつけられた——。

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