第136話 近付かないで

 その日の晩。


「何で人間界に戻っちゃったの? 早く神様探しに行かないと!」


 神様探しをしようとサンタの元に戻ったのに、そのまま人間界まで帰ってきたのだ。


「サンタも言ってたでしょ? あの泉にいなかったら探すのに苦労するって」


「だからってリアム、諦めるのおかしくない!?」


「諦めたんじゃないよ。時間を置けば再びあの泉に戻ってくる可能性が高いから先にこっち解決させようってだけだよ。襲撃は明後日なんだから」


「わしも来年のクリスマスまでは暇じゃからのぉ。いつでも送迎してやるわい」


 サンタの赤い衣装は目立つので、今はラフなシャツとズボンを履いている。どこにでもいるお爺さんにしか見えない。


「エドワード、この子が本当にあのオリヴァー君なのか?」


「はい、父上。可愛いですよね」


 今は自国のアルベール伯爵領の領主の屋敷。アルベール伯爵はエドワードの父。つまり、次の襲撃はエドワードの領地だ。


「ほらオリヴィア、あーん」


「ジェラルド、自分で食べられるから」


「こんな華奢な腕でフォークなんて持てないだろ」


「聖剣は持てなかったけど、フォークくらい持てるよ」


 そう言いながらアップルパイをパクッと食べた。


「んー、美味しい」


 何故だろうか。男の時より甘い物が格別美味しく感じられる。


「これ食べたら一緒に寝ような」


「ジェラルド、今日は僕の番だよ」


「リアムなんかと寝たら何されるか分かんねーだろ」


 ジェラルドとリアムが両側から俺を取り合っている。俺はいがみ合っている二人からするりと抜け出し、キースの隣に座った。


「ふぅ、ここが落ち着く」


「はは、本当にお姫様になっちまったな」


「ある意味呪いだよね。とにかく早く襲撃阻止して天界に行こう。このままじゃ戦いどころか日常生活に困るよ」


「まだ目瞑ってんのか? 自分の体なんだから見りゃ良いじゃねーか」


「そう簡単に言わないでよ」


 トイレや風呂、着替え等、他人の女性の体を見ているようで恥ずかしいのだ。故に目を瞑ってメイドに手伝ってもらっている。


 ここでは正体を明かしているのでどうにかなっているが、今後が困る。早く男に戻りたい。そう思っていると、いつの間にかジェラルドとリアムが俺の椅子の横に立っていた。


「俺が手取り足取り手伝ってやるって言ってんだろ。赤ん坊の頃から裸の付き合いしてんだぞ」


「僕の方が丁寧だよ。ジェラルドみたいなガサツな男に任せられないよね?」


「キース……」


 リアムの向こう側にいるキースを覗きながら助けを求めると、キースが顔を赤らめた。


「オリヴァー、上目遣い禁止って言ったよね?」


「だって、わざとじゃないし」


「言って分からないなら体に教え込むしかないかな? ジェラルド、行くよ」


「おう」


 この二人、いがみ合ったり結託したり忙しい。二人に両脇を抱えられながら部屋を出た。



 ◇



 二日後、襲撃当日。


「さすがに国王陛下も襲撃信じたみたいだね」


 国王の命で騎士団と王宮魔導士が派遣されていた。


「でも今回は戦う必要もないかもな」


 ジェラルドが言えば、キースが感心したように上を見上げて言った。


「よくこんな馬鹿デカい結界張れたよな。領地全体覆ってんだろ? どうやったんだ?」


「いや、それは……」


 ジェラルドと深い深い口付けをしながら張ったとは言えない。


 魔力封じの首輪のおかげでより深くジェラルドと物理的に絡み合えるようになった。結界を張る瞬間に首輪を外せば、絡み合った強固な結界の完成だ。


 しかも、ジェラルドとの口付けが終わったと思ったら、次はリアムとだ。これは単純にリアムの嫉妬から。そして独占欲の強いジェラルドが途中から参戦してくる。


 腕力もなく、魔力も封じられた俺はされるがままだ。ただ、二人とも気を遣っているのか、下着まで伸びてくる手はピタリと止まり、キス以上のことはされていない。それでも俺はトロトロだが……。


「あ、来たよ」


 エドワードが敵を発見したようだ。


「どこどこ?」


 俺の場所からは見えないので、エドワードの元まで行き、その視線の先を眺めた。


「あ、本当だ。結界に何かぶつかってきてるね……エドワード?」


 すぐ後ろにいたはずのエドワードが五歩くらい後ろにいた。何かあったのかと思い、エドワードに近付けば、俺の歩幅に合わせてエドワードが遠ざかる。


 そこで俺はハッと気が付いた。エドワードに嫌われている。若しくは引かれている。


 俺が女になったから。しかも、ジェラルドとリアムの愛情表現は包み隠さず表立っている。本来俺は男だ。男が男に、しかも友人と愛を育んでいるから、こんな俺が気持ち悪いのかもしれない。近寄りたくもないのかもしれない。


「エドワード、俺……」


「ごめん、オリヴァー。僕はノエルが好きなんだ」


「知ってるよ」


「だからね、これ以上近付かないで」


 普通にショック過ぎる。仲間に、友人に近付かないでと言われる日が来ようとは……。


「あ、オリヴァーが嫌いとかじゃないんだよ。ノエルを好きって気持ちが揺らぐというか何というか……」


 エドワードの言葉は俺の耳にはもう入ってこない。悲しい気持ちになっていると、結界に亀裂が入ったのが分かった。


「ジェラルド」


「まずいな」

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