第57話 悪魔現る

 空がオレンジ色に染まった頃。


 小高い丘の上では等間隔に墓石が並び、その一つが掘り起こされていた。


 予想通り棺桶の前には土で汚れたベンの姿が。その後ろに孤児が十一人、両手足を縛られた状態で横たわっている。眠らされているのか、何の抵抗もしていない。


 その様子を太くて大きな木の陰に隠れて俺達は見ている。


「あの人数どうやって一人で連れてきたんだろう」


 疑問を口にすれば、エドワードが思い出したように言った。


「そういえば、昨日様子を見に行った時、ピクニックだって言って子供達を連れて出かけてたかも。あの時から計画は始まってたのか」


「でも、おかしいな」


 リアムが木を背にしながら、真剣な表情で呟いた。


「そろそろ日も暮れるのに、どうしてあいつは帰らない?」


「何で帰るの?」


 俺がキョトンとした顔で首を傾げながらリアムを見上げれば、頬をピンクに染めて目を逸らされた。


「リアム?」


 リアムの様子がおかしいなと思っていると、キースが俺とリアムの間に入ってきた。


「イチャイチャするのは帰ってからにしろよ」


「イ、イチャ……!?」


「あの男は、お前をここに連れてくる予定なんだろ? そろそろ屋敷にお前を迎えに行っても良い頃合いだってことだよ」


「確かに……」


 何故だろうかと考えていると、ヒソヒソとノエルとショーンの話し声が聞こえた。


「今の見た?」


「ばっちり見ましたわ。あれは間違いなく嫉妬ですわね。お兄様とリアム殿下の仲を嫉妬して間に入りましたわ」


「兄ちゃん、中々自分から行かないから心配してたけど大丈夫そうだね」


 ノエルにも分かり合える友人が出来て良かったと喜ぶべきか……。


「あ、動いたよ。隠れて!」


 エドワードの一言で、俺は小さい体を更に小さくした。


 ベンが帰るとすれば反対方向のはず。きっとこちらにはやってこない。それでも手に汗を握りながら去るのを待った。


 ザッ……ザッ……。


 草を踏みつけるような音がこちらに向かって近づいてきた。


「リリー、いるんだろう?」


 優しい口調で俺のことを呼ぶベンの声が、すぐ近くで聞こえた。


 何故バレた? しかも、俺が……娘のリリーが逃げたのに余裕そうな声色。考えても分からない。けれど、こちらの戦力は四人。悪魔の姿が見えない今がチャンスだ。


 立ちあがろうとすれば、隣にいたキースが先に立ち上がった。


「オレが行ってくるから、ここで待ってろ」


「え、でも……」


 キースは木の陰からヒョイっと出た。


「よお」


「また貴様か。リリーをどうするつもりだ?」


 出てきたのがキースだからか、優しい口調が一変、刺々しいものに変わった。


「それはこっちのセリフなんだがな。生憎、お前の探してるリリーは、ここにはいないぞ」


「良くもそうぬけぬけと嘘が吐けるものだな。私のスキルを舐めるなよ」


 リアムが隣で一人、納得したように小さな声で呟いた。


「だからか」


「……?」


 俺が首を傾げてリアムを見ていると、リアムが俺の頭を優しく撫でてきた。


「ここで決着を付けるよ。でないと、君の自由が保障されない」

 

 リアムもベンの前に姿を見せ、キースに指示を出した。


「そいつを今すぐに捕まえて!」


「おう、任せろ!」


 キースは威勢の良い返事をして、ベンに飛びかかった。

 


 ◇



「呆気なかったな」


「相手、ただの平民だもんね」


 ベンはキースによって呆気なく捕縛された。


 ジェラルドと俺がベンを見下ろしながら喋っていると、ベンは俺を宥めるように言った。


「リリー、良い子だからこの縄を解くんだ」


「こいつ、口に氷でも突っ込んどくか?」


「はは……それより、リアム。『自由が保障されない』ってどういう意味?」


「ベンのスキル、恐らく『追跡』だよ」


「追跡?」


「昨日オリヴァーが連れ去られた時も、どうして居場所がバレたんだろうって考えてたんだ。エドワードが見張ってた時も一切君を探す素振りが無かったのに、まるで分かってたかのように君の元に来たでしょ?」


「うん」


「つまり、何処にいても君の居場所が分かるってことなんだ。合ってる?」


 リアムが答え合わせをするようにベンに問えば、ベンは吐き捨てるように言った。


「その通りだ。だからリリーを返せ! 貴様らが何処に連れて逃げようが、この私が見つけ出す」


 『追跡』とは、なんて恐ろしいスキルだ。失踪した人を捜し出す等、良い方面で活躍して欲しかった。


「子供達も全員乗せたよ」


 エドワードとキースが準備していたリアカーに孤児を乗せ終えたようだ。


「戻ろっか」


「こいつはオレが運ぶぜ」


 キースがベンに触れようとしたその時——。


「そうはさせない」


 どこからともなく現れた黒髪の青年がベンの首根っこを持って消えた。


「え……?」


 何が起こっているのだろうか。皆、唖然とその場に立ち尽くしていると、シュッと俺たちの後ろにベンと青年が現れた。


「今から契約の予定だ。部外者は去れ」


「契約……」


 つまり、この青年が——悪魔。

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